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偽Aランクの兄さんは嫌われ者です  作者: 風深 紫雲
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少女たちの出会い

このページを開いてくださった方に、最大の感謝を。

 川の水面から吹き上げた春特有の暖かい穏やかな風が、少女のペールアイリスのセミロングの髪をゆらゆらと揺らしている。


 少女は今、川に架けられた橋の上を歩いていた。少し歩くとまた橋があり、その先にも橋。それぞれ大きさに違いはあれど、そのどれもが街の外観を損ねない、街道と同じ素材の石で作られたものだった。

 例外なくどの橋の下にも川、もしくは人の手で作られた水路が流れており、この街全体が橋と川と水路で作られた一つの迷路のようである。


 これが、このヴェレリアが水の都と呼ばれる由縁だ。街中に流れる水の総量を聞かれたならば、ただ計り知れないとしか答えようがない。


 少女は黒いブーツに紺のニーハイソックス、白い丈の短いプリーツタイプのワンピース、前の開いた紺のフード付きケープ、そして首元にブルーのリボンという服装を身に纏っていた。

 明らかに私服ではない。見れば、周囲にも似たような服装に身を包んだ少女や、同じく紺と白を基調とした服に紺のケープの少年達が数人歩いている。


 彼等は皆一人で歩いていた。緊張の面持ちである。時折周囲を歩く同類に目を向けるが、探るような視線を向けるのみで話し掛けることはしない。


 そんな中を、ペールアイリスの髪の少女はペースを変えることなく、視線を彷徨わせることもせずに、確かな面持ちと足取りで目的地へと向かっていた。

 決して気取ったような印象は受けないが、どことなく気品を感じさせる、一輪の花のような美しい少女だ。

 

 やがて彼女は目的地に到着する。それを何度も見たことはあったが、目の前に現れた建造物の壮大さに、彼女は静かに感嘆の吐息を洩らした。


 正面には噴水があり、その奥にレンガ造りの巨大な建物が構えている。その上には千年前に失われた魔導技術によって作られたとされる古の魔導具、『時を告げる鐘[オロロージョ]』が太陽光を反射し、金色に輝いていた。


 少し遅れて、先ほど彼女の周りを歩いていた少年少女達も到着した。もう周囲には彼等と同じ服装の子供達しかいない。


 ここはイリア王国ヴェレリアの最北部に位置する、ヴェレリア魔術学園。

 

 魔術という希少な才を持つ者の中でもごく一部しかその敷居を跨ぐことを許されない、若き魔術師達の羨望を集め、エリート魔術師達の集う、王国で一、二を争う名門魔術学園だ。

 そして今日は、その選ばれし新入生を迎えるための入学式が開催される日なのである。


「ねぇ、あなたそのリボンの色、Bランク魔術師なの?」


 新入生達が講師と思しき人物の案内と人の流れに従い、入学式の会場へと向かう最中、突然そんな声を上げる者がいた。


 燃えるようなスカーレットの髪の少女。思わず見入ってしまいそうなほど美しいショートカットの髪だが、本人は興味がないらしく、寝癖もろくに直さないままになっていた。髪と同様に顔立ちもよく、かわいらしいというよりはボーイッシュな印象を受ける。


 彼女の視線は、ペールアイリスの髪の少女のリボンへと向けられていた。


「えーっと……」


 話し掛けられているのが自分であることに気付いた彼女は振り返って相手の顔を見るが、見覚えはなかったらしく、困り顔を浮かべる。


「あーごめんごめん、こういう時はまず自分から名乗るものだよね。私はレミナス・アレキウス。レミって呼んで!」


 相手が困っていることなどお構いなしに、いきなりレミナスは自己紹介を済ませる。そして、次はあなただと目の前の少女に強い視線を送った。


「私はアイリスです。お好きなようにお呼びください」


 レミナスの要求を正確に理解し、アイリスは柔らかい笑顔でそう答えた。見た目のイメージを裏切らない、落ち着きと品のある声色だ。


「お好きなように、かぁ。アイリ、イリ……、アリスじゃそういう名前みたいだし……」


 レミナスは、顎に手を当て一人でぶつぶつと呟き出した。どうやらアイリスの呼び方を考えているらしく、その姿は真剣そのものだ。

 かと思うと、いきなり顔を上げ両手を合わせ、パンッという乾いた音を立てた。


「いいのが思いつかないから、アイリスでいいや」


 名案でも思い付いたのかと思いきや、結局あだ名を考えるのは諦めたらしい。


 二人は初対面だというのに、レミナスからは遠慮の欠片も感じられない。しかし、そんなレミナスを相手にしてもアイリスは怒るどころか、ほんのりと笑みを浮かべている。


 それがそのまま彼女の感情を表しているのか、それとも取り繕った仮面なのかは、そう簡単には判断がつきそうにない。

 もっとも、レミナスはそんなことを気にするような性格ではなかった。


「レミさんも新入生ですよね?」


「そうだよ。あと、さんとか堅苦しいからやめてよね。じゃあよろしく、アイリス」


「はい、よろしくお願いします、……レミ」


 レミナスは白い歯を見せて笑う。どこか人懐っこさを感じさせる笑顔だ。押しが強いところはあるけれどいい子なのだろう、とアイリスは思った。


「それでさ、リボンが青ってことは、アイリスはBランク魔術師なんだよね?」


 ここで再びレミナスがアイリスに問い掛けた。そう言うレミナスの首元には、彼女の髪の色と同じ赤いリボンが付けられている。


 アイリスがそれとなく周 囲に意識を向けると、どうやら二人は注目の的になっているらしかった。入学式で誰もが知り合いのいない中、これだけ大声(主にレミナス)で話していれば、自然と目がいってしまうというもの。

 

 本来はレミナスが気を付けなければならないのだが、アイリスは少しだけ声のトーンを落として答えた。


「ええ、そうですよ。とは言っても、試験の日にたまたま調子が良かっただけなんですけどね」


 アイリスの言葉はただの謙遜ではなく、事実だった。試験の日は、朝にちょっとした嬉しいイベントが発生したために、本当に調子が良かったのだ。


「それでもBランクなんて凄いよ。私なんてさ、私なんて……あれ、私ってなにランクだっけ……」


「レミ……? リボンの色を見れば分かるでしょう?」


 アイリスはレミナスの発言に驚きながらも助言する。魔術師が自分のランクを忘れるなど、本来あり得ないことだ。


「えーっと、私のは赤だから……なんだっけ?」


「レミ、えっと……、あなたはどの色がどのランクなのか、教えてもらわなかったのですか?」

アイリスがそう聞くと、レミナスは乾いた笑顔を浮かべた。


「あはは……」


 その顔に、僅かに影が落ちたのをアイリスは見逃さなかった。だが、推察はしない。勝手な推測は無意味なことだと分かっているからだ。代わりに、アイリスは柔らかい笑顔を浮かべて提案する。


「私でよければ、お教えしましょうか?」


「ありがとうアイリス、お願い!」


 その言葉に、レミナスの表情がパッと明るくなった。感情が表に出やすいタイプなのであろう。レミナスの真っ直ぐな瞳に、アイリスは微笑みを返す。

 そしてレミナスに問い掛けた。


「魔術師ランクにつて、レミはどのくらい知っていますか?」


「えーっと、魔術師のランクは、魔力の量と技術で決まるんだよね?」

 すでに自信なさげなレミナスだったが、言っていることは間違っていない。アイリスは首肯しつつ、説明を始めた。


「そうです。正確に言うと魔力保有量と魔導技術ですね。この二つがAからFの六段階で判定され、その平均が総合魔術適正ランク、通称魔術師ランクとなります」


「そういえば、試験官の人がそんなこと言ってた気がする!」


 レミナスはそのままのテンションで、目を輝かせて続ける。


「それで、Bランクが青、Aランクが紫のリボンを着けるんだよね!」


「その通りですが……、レミ、そこまで分かっていて、どうして自分のランクがわからないのですか……?」

 

 アイリスが困惑の表情を浮かべると、レミナスは少し考えた後、語り出した。


「私が育った施設にさ、Bランク魔術師になった人がいたんだよ。今でもその施設が潰れないのは、その人がお金を寄付してくれてるからなんだって。前に一度だけその人に会った時に言われたんだ。次に来るときにはAランク魔術師になって、紫のネクタイをしてくるって」


 その時のことを思い出しているのか、レミナスの視線はどこか遠くを向いていた。


「なるほど。だからAランクとBランクのことは知っているのですね」


「私の目標は、あの人と同じBランクとかAランクの魔術師になることなんだ。それで、私もあの場所を守

りたいなって」


 レミナスの声には力がこもっていた。アイリスはそんなレミナスを眩しそうな目で見つめる。


「すごいですね、レミは。立派な目標を持っていて……」


「そんなことないって。私からしたら、アイリスのほうがずっと凄いよ。もうBランクなんだしさ」


 俯いてしまったアイリスをフォローするように、レミナスが慌てて言う。初対面ではあったが、アイリスはそんなレミナスに引っ張られるように顔を上げ、再び笑顔を浮かべた。


「レミだってもうすぐですよ。魔術師ランクの色は上から順に紫、青、赤、黄、白、黒。レミのリボンの赤は、Cランクの色です。学園で学べばAランクにだってなれるかもしれません」


「ほんと!?」


 アイリスの言葉に、レミナスは心を躍らせた。アイリスを見るその姿はしっぽを振って喜ぶ犬のようにも見える。


「えぇ、レミは大きな魔力を持っているようですから。魔力保有量は、既にレベルAだと思いますよ」


「そうなんだ、ありがとうアイリス。ますますやる気が出てきたよ!」


 気をよくしたレミナスは、続けて冗談交じりに言った。


「私も、あの伝説の英雄みたいになれるかな?」


 レミナスとしては、アイリスに突っ込まれることを前提とした発言だった。だがなぜかアイリスは急に表情を固まらせる。


「伝説の英雄ですか……?」


「そう、あの伝説の英雄!」


 伝説の英雄。それは、若い魔術師なら誰でも一度は憧れる、童話の登場人物だ。とはいえ、その時代設定はごく最近のもの。二〇年前にイリア王国、サドラ帝国間で勃発したサドラ戦争を基にした話であり、一人の男が伝説の英雄になってゆく様が描かれている。


 英雄は架空の人物とされているが、百歳を超える老人、王国から追放された元王族、一人ではなく若い夫婦など、様々な実在の人物像がささやかれていた。


 一撃で一つの街を焼き尽くしただとか、水の底に沈めただとか、英雄にまつわる話はどれも信じられないものばかりだ。魔術師達は、そんなことは実際には不可能だということは分かっている。だが、英雄に関する噂は絶えない。


 皆どこかで信じていたいのだ。強く正しい魔術師のその姿を、存在を。

 サドラ戦争後に生まれ、小さい頃から読み聞かされてきた若い世代の魔術師達からは特に人気が高い。


「アイリス、どうしたの?」


 英雄のエピソードに思いを馳せるレミナスだったが、アイリスの異変に気付き、声を掛ける。振り返ったアイリスは、ぎこちない笑顔を浮かべていた。


「い、いえ、なんでもありません。それよりレミ、実は魔術師ランクにはAランクの上があるのです」


「え、Aランクより上!?」


 突然話題を変えたアイリスの様子に違和感を覚えながらも、レミナスはそう聞き返す。Aランクより上の存在など聞いたことがない。Aランクを目指すレミナスにとっては、聞き逃すことの出来ない話題であった。


「はい。国から功績を認められた魔術師が勲章として、Sランクと呼ばれることがあるそうです。色は金色が贈られるそうです」


「へぇ、Sランクかあ……」


「まあ、イリア王国には二人しかいみたいですが」


「アイリスは物知りだね。あ、もしかしてその二人って、伝説の英雄のことかなあ?」


 レミナスからしたらなんて事のない、ただ思ったことを聞いてみただけだったのだが、アイリスは表情だけでなく、体も固まっていた。


「さ、さあ、私もそこまでは知りませんよ?」


 アイリスの謎の反応にレミナスは首を捻る。だが、それ以上レミナスがアイリスに質問することはなかった。目的地であった入学式の会場が、二人の目の前に迫っていたのだ。入り口では、ローブを纏った魔術師が新入生達を誘導している。


「アイリス、じゃあまたあとで!」


 いかにも待ちきれないといった様子で、レミナスはそう言い残し、講師の制止も聞かずに会場内へ走っていく。


(ちょっと焦ってしまいましたが……、まあ悪い子ではないようですね)


 アイリスはそんなことを思いながら、その背中を見送っていた。

そしてなぜか長い付き合いになる予感のする少女を追うように、一人会場へと足を踏み入れるのであった。

読んでくださりありがとうございます。


次回更新予定 8/6 19:00

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