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「あなたに、お嬢様の護衛をお願いしたいのです。もちろん、お給金も弾みます。急なお願いですから……しかし、本来の護衛がこれでは、お嬢様が楽しみにしていらした観光さえできません」


 くっ、と悔しそうに握り拳をつくり、ボリスを恨めしげに見るメイジー。

 まあ、叩き起こして説教したい気持ちはよくわかる。いっそのこと、護衛役ではなく世話や雑用役にした方が良さそうだし。


「いかがでしょう? お受けいただけますか?」


「え、えーと、僕なんかでいいんですか?」


「ええ! 少なくともそこの役立たずより全然ましです!」


 メイジーはいまだに床に伸びているチンピラを見ながら言う。すると、エリオットはわたしの方に顔を向けた。


「あなたも、僕なんかで良いんでしょうか?」


「え、もちろん! それに、メイジーが認めてくれたんですし、わたしも正直ちょっとこのままだと怖いと言うか、不安で眠れる気がしないと言うか。あなたが護衛になってくれればきっと安眠できます!」


 ここは力を込めて言わなければならない。

 こんな怖い思いをしたのに、これから先そこの酔いつぶれに守ってもらうなんて、怖すぎる。

 出かける前に試合で見たボリスはきっと夢まぼろしだったのだ。

 圧倒的に強かったはずなのに、麦酒二、三杯に負けるだなんて聞いてない。


「じ、じゃあ受けます。受けさせてください! それに、護衛だけじゃなくてこの国を案内しますよ。そんなに詳しい訳ではないけど、少しなら自慢出来る場所もありますから」


「決まりですね。それでは、今日の宿へ行きましょうか?」


「え、でもまだ料理が……」


 わたしは思わず冷めきったテーブルの料理へ目が行く。もう少しだけ食べたかったのに。それに残してはもったいないではないか。


「ああ、そうでしたね。それにしても、いつもの事とはいえ、よくこの状況でまだ食べられますね。私などもう食事という気分ではないのですが」


「だって、せっかくのお魚が……!」


 そう、テーブルには憧れの魚介料理がまだ残っていたのだ。

 国へ戻れば干物や塩漬け、乾物が多くなってしまう。川魚はあるけれど、王都や領地が海から遠いからどうしようもない。美味しいお肉だったら手に入りやすいけれど、あの魚介料理はこの国にいる間に飽きるほど食べなければと思っていたものなのだ。


「わかりました。ではもう少し食事して行きましょう。何か追加しますか?」


「じゃあ、温かいスープをお願い」


「わかりました。では、あなたもそれでいいですか?」


「もちろん。僕も少し食べ足りなかったところですから」


 後頭部を掻きつつ言うエリオットに呆れた視線を注ぎ、メイジーは注文を取りに行ってくれた。テーブルの側では、給仕係たちがせっせと片づけをしている。わたしは料理を下げるのは待つようにお願いしてから、その下にかくれんぼしていたチャドに声を掛けた。


「チャド、もう終わったよ。あなたもスープいる?」


「……はい、頂きます」


 返ってきた弱々しい声にわたしは安堵した。無事のようだ。逃げるのが得意なチャドのこと、別に心配はしていなかったけれど、一応怪我でもしていたら良くないと思ったのだ。


「よし、じゃあお食事再開ね!」


 笑顔で言うと、わたしは急いでテーブルに戻ったのだった。



  ◇



 バーギン王国王宮、セントヴァル宮殿。


 その地下牢にて、三人の男たちがその一角で焦ったような声で話をしていた。時刻は夜。とは言え、昼でも光の差さない地下牢は湿っぽく、蝋燭の燃える不快な匂いが充満している。


「いつだ、いつ逃げられた? 誰か怪しい人間を入れたか?」


「いえ! 怪しい方はここへいらしておりません。王国軍の方が時々いらしてはおりますが、他に誰も入っておりません。使用人も入れないよう注意しています!」


 ぴしっと姿勢を正した見張りの兵士がはっきりした声で告げる。


「まずいな、もし王宮の人間と奴が会っていたら、私たちの行動が暴かれてしまう可能性がある。何としてでも見つけ出さないと」


「ですが、奴は元々市井で暮らしていた人間。簡単に溶け込めているはずです。どうやって見つけ出すのですか?」


「ポール、もう少し頭を使いたまえ。今後お前を取り立てることは決定しているが、どの地位につけるかは働き次第だということを忘れるなよ」


 告げれば、ポールが息を飲む音がする。


「はい、申し訳ありません。とりあえず、城下をくまなく捜索してみます。暗部の者を何人かお借り出来ますでしょうか?」


「許可しよう。ただし、お前は少し失敗したな。今後は失敗しないようにしてもらわなければ、私に人を見る目がないという証明になってしまう。その体格と容姿と出自が無ければ、他の者を選んでいたが……仕方がないな」


「し、しかし! あの令嬢にもちゃんと断りの書状を送ったのです。間違いなく、嘘偽りは申しておりません!」


 縋るような声に、彼が嘘を言っているのではないことは知れた。しかし、しくじったこともまた事実だ。この男は使えると思ったのだが――。

 そう考え、彼は嘆息した。


「分かっている。今度は良い報告を期待しているぞ、ポール」


「はい。お任せください……!」


 ポールの眼光が鋭くなった。今にもここから逃げた人物を殺しに行きたいと思っているようだ。それでいい、それでいいのだ。

 だからこそこの男を使うことにしたのだから。


「では、戻るとするか」


「はっ、では私は今から暗部の者に話をし、捜索を開始させて頂きます。それでは失礼いたします」


 ポールは振り返ることもなくすぐに地下牢を出ていく。

 ひとり残された彼は、その足音を聞きながら嬉しそうに笑った。

 静かに、声を出さずに笑ったのだった。



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