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8 驚きました


 それまで状況を静かに見ていたエリオットが、すっと立ち上がると唐突に動いたのだ。わたしには早すぎて良く見えなかったけれど、相手の男が「げふぅっ!」と呻いて腹を押さえてその場にうずくまったのはわかった。


「な、何だお前」


「僕の恩人の皆さんに手を出したら、ただじゃ済みませんよ」


「はっ! どうただじゃ済まないってんだ! てめぇらやっちまえ!」


 さながら三流悪役の定番のセリフをそのまま叫び、リーダー格の男が仲間に命じる。それにエリオットは答えず、席から少し離れた。

 そこへ飛びかかって行く男の手には大ぶりのこん棒。


「危ない!」


 わたしは反射的に叫んでいたが、すぐに杞憂に終わる。


 エリオットはこん棒を持った手を蹴り飛ばし、床に落ちたそれを素早く拾い上げた。さらに眼前に迫っていた男の胴へ向け、横薙ぎにこん棒を叩き込む。

 流れるような動作であっという間に三人沈め、彼は動けなくなった男たちを冷え切った目で見やった。


「まだやりますか?」


「くっ、お前、この女たちがどうなってもいいのか!」


「きゃあっ!」


 肩に置かれていた手が今度は首に回ってきた。痛いし、酒臭いし、服とかトゲトゲしてて刺さってるし。あまりのことに涙が出てきた。心の中で、後ろ手に捕えられているメイジーへ謝罪を繰り返す。


 メイジーはこうなることを恐れていたのだ。

 ちゃんという事聞いておけば良かった、ごめんなさいごめんなさい。


 すると、エリオットが嘆息する。


「怪我までさせる気は無かったんですけどね」


 すると、言葉の後でひゅっという小さな音がした後、続けざまにすぐ近くで何かが刺さるような音がした。

 目だけ横に動かしてみれば、なんとナイフが男の肩に突き刺さっている。


 わたしはあんぐりと馬鹿みたいに口を開けてそれを見る。と急に首から腕が外れて楽になった。


「そこのあなたもメイジーさんを離さないと痛い目を見ますよ?」


 手には数本のナイフ。

 可愛い顔に怖い笑顔を浮かべたエリオット。

 わたしは彼に抱いた印象の全てが覆るのを感じていた。


「う、わ、わかった。離すから、離すから命だけはあぁぁぁっ!」


 メイジーを捕まえていた男は彼女を離すなり半泣き状態で仲間たち全員を放ってさっさと逃げ出してしまった。


 わたしもメイジーも、テーブルの下に隠れてガタガタ震えていたチャドも、何が起こったのか声も出ない。

 そんなわたしたちをよそに、エリオットはリーダー格らしき男の懐やポケットをごそごそと探り、金袋を見つけると呆然とこちらを見ていた店の主らしき男性に近寄ってそれを渡した。


「あの、大騒ぎして申し訳ありません。実は、その、あそこの方はお忍びの旅をしておりまして、これで穏便に済ませて下さると助かります」


「あ、ああ、ええ、はい。まあ、大丈夫です、です」


 ぎくしゃくとしか返答できない店主。

 うんうん、気持ちはすっごく良くわかる。どうしたらいいかわからない時、とりあえず頷いておく気持ちが。


「さて、と。大丈夫でしたか?」


 くるりと振り向いてわたしを見てきたエリオットは、元の天使のような顔に戻っていた。床に四つん這いになって令嬢らしからぬアホ面をさらしているであろうわたしの側へ来ると、そっと立たせてくれる。


「怖い思いをさせてしまいました。申し訳ないです」


「い、いえ、こちらこそ、助けて頂きありがとうございます」


「そんな! 僕ってこれしか出来ないんですよ。お役に立てて本当に良かった。護衛の方は酔ってしまっておられたようですし」


 ええそうですね。

 本来の護衛はテーブルに突っ伏して幸せそうに寝ている。メイジーの采配がなければ今頃わたしたちは色々あったあげく海の藻屑だったかもしれない。

 とんだ役立たずを連れてきてしまった、とわたしは思った。


「私の方からもお礼を言わせてください。あなたがいなければ、きっとひどい目にあっていたでしょう。ですが、どうしてここまでの腕をお持ちなのに護衛や用心棒の仕事につかなかったのですか?」


 解放されたメイジーが手首をさすりながら問う。

 確かに、落ち着いてから考えてみれば不思議なことだった。


 何も不得手な皿洗いや売り子などをしなくても、これほどの腕があればいくらでも雇いたい人間はいるはずなのに。


「目立つことは、好きじゃないんです。荒事も、たまたま以前お仕えしていた騎士様のご子息の相手をしていて得意になっただけですし」


 照れた様子で言うエリオット。

 いや、そんなレベルではなかったと思う。それにこの外見を使えば、相手の油断を誘ってその隙にいくらでも取り押さえられる。

 ものすごく護衛役向きだ。


「そうですか……なるほど」


 メイジーが何か考え込むような仕草を見せる。少しして、彼女は意を決したように大きなため息をついてから言った。


「先ほどのお話ですが、あなたにやって貰いたい仕事が見つかりました」


「え、本当ですか?」


 エリオットの顔が輝く。

 わたしは一体何だろうと思いながら、ただただふたりを交互に見やった。


 

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