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7 絡まれてしまいました


 しばらくは黙々と食事をする。


 わたしはと言えば、憧れの新鮮な魚の焼き物に舌鼓を打ち、野趣あふれる肉の煮込みにびっくりし、スープの優しさに一息つきと忙しかった。

 パンもさっくりとした食感がたまらない。


 何よりお城で何か食べられるかも、といった目論見が外れてしまったせいでお昼は抜きだ。それも手伝って食べるのが止まらない。

 他の四人も空腹度合いは似た者同士。

 どこよりも静かなのに、どこよりも忙しいテーブルとなった。


「ああ、美味しいぃ~」


 ぷりっぷりのエビの殻をむいてついてきたとろっとした白いソースをつけて口に入れて咀嚼。国へ帰れば乾燥したエビばかりだから、堪能しなければ。

 わたしは自然と笑みをこぼしながらエビにかぶりつく。


 すると、骨付き肉を齧っていたエリオットが言った。


「美味しそうに食べられますね」


「え? ええ、だって美味しいんですもん。それに、こういうところではお行儀がどうとかうるさいことは言われないし、好きに出来るから楽しいんです」


 えへへ、と笑ってまたひと口。


 実際、公爵家にいるときはやれマナーがなっていないだの、フォークの持ち方が野蛮だのとマナーを教える教師にちくちくと言われながら食べることが多い。

 あれでは食べた気がしない。

 なのでわたしはこっそり屋敷を抜け出しては庶民に混ざって食べ物を売る屋台から買って食べたり、食堂へ行ったりしたものだ。


 その都度メイジーに説教されるけど、これはやめられない。


「可愛いですね」


「ぅぐ!」


 唐突にブン投げられた言葉に、わたしは思わずエビを喉に詰まらせかけた。

 自分より可愛い男に可愛いとか言われた。


「あ、済みません。大丈夫ですか?」


「うう、はい、ダイジョウブ、デス」


 危うく死ぬかと思った。


 外国でエビを詰まらせて死ぬ公爵令嬢。笑えない、笑えなさすぎるよ。

 あまりの恥ずかしさに顔を背けてしまうが、聞こえてきた穏やかな声に鼓動が跳ねる。


「良かった。恩人に何かあったら僕はどう償ったらいいか」


「償うだなんて、大したことはしていませんから」


 単に、自分のわがままでしたことなのだ。

 痛かったり、苦しかったり。それが辛いと知ってからはなんとなく放置出来なくなってしまった。


「そんなことはない。誰にでも出来ることじゃないですよ。貴女は素晴らしい方だと僕は思います」


「そんな、あんまり言わないで下さい。恥ずかしいですし」


 そもそも、こうなった経緯はかなり情けないものだ。

 メイジーと姉のナディーンくらいしか知らない。わたしとしても、このふたり以外には知られたくはない。

 それは、かつての小さな憧れ。

 おままごとみたいな恋の、馬鹿馬鹿しい顛末だ。


「そうですか。それでも、僕は何度でもお礼を言いますね」


 凄く可愛い顔で微笑まれ、わたしは苦笑する。

 何はともあれ、彼は少し元気を取り戻したようだ。大変だろうけれど、きっと何か出来る仕事を見つけられるだろう。


「いえいえ、そうだ。今日のところはとりあえず、わたしたちと同じ宿に泊まって下さい。それからのことで何か力になれることがあれば、遠慮しないで言って下さいね。可能なことならしますから」


 拾ったからには最後まで面倒を見なくては。

 恐ろしく愛らしい犬を拾ったような感覚で言うと、メイジーが口を挟んできた。


「ジェシー様、可能と言ってもかなり限りがありますよ?」


「わかってますよ。でも、もし彼に向いたお仕事でも紹介してあげられたらなぁ、とは考えているんだけど」


 メイジーはなるほどそれなら、と頷いて、エリオットを眺めた。きっと向いている仕事とは何だろうと考えているのだろう。この辺りは彼女に任せておけば間違いはない。

 わたしはようやく食事に戻ろうと再び料理に手を伸ばした。


 ――と。


「おい、お嬢ちゃん、中々羽振りが良さそうじゃないか。俺たちも混ぜてくれよ」


「は?」


 パンに伸ばした手を止めて、わたしは声を掛けてきた男を見やる。

 一目でわかるガラの悪さ。けばけばしい上、誰も得をしないであろう露出の高い服。やたらとトゲトゲのある武器を持っている。そんな感じの、多分若い男たちが数名、わたしたちのテーブルを取り囲んでいた。


「な、何なんですかあなたたち!」


 今まで関わったことのない人種だ。どうしたらいいのかわからない。助けを求めてボリスを見れば、なんてこった、酔いつぶれている。どうしてそんなに弱いのにお酒飲んじゃうの! と心の中で思わず叫ぶ。


「いえね、お嬢さんたち、こんなところに来るような身なりじゃないでしょう。良く見ていれば、護衛らしき奴はそこで酔いつぶれている。これは危ない、ぜひ俺たちに護衛を任せちゃくれませんかと、思った訳でさぁ」


「いいえ、間に合ってます!」


 実際全くさっぱり間に合っていないけれど、ここは全力で断らないと。

 本当を言うと、足が震えている。声も、多分震えているけれど、何とか毅然としていないと。


 慌てながら考えるが、後頭部をそり上げて鼻にピアスをしているリーダー格の男が、わたしの肩に手を置く。


「そうかい? とてもそうは見えないけれどねぇ」


 猫なで声が気持ち悪い。


「その汚い手をどかしなさい!」


 すると、メイジーが隠していた細身の剣を抜き放ち、リーダー格の男へ突き付ける。だが、取り囲む男の仲間にすぐに取り上げられてしまった。


「ほらほら、駄目でしょお姉さん。こんな危ないもの振り回しちゃ。ね、大人しく言うことを聞いた方がいいですよ?」


 そう言って、下卑た笑い声をあげる。


 もう、お金を全部あげて見逃してもらうしかないのだろうか。けれど、きっとそれだけでは済まないような気がする。

 わたしの脳裏に、絶体絶命という言葉がよぎった。


 その時だった。


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