28 うまく行きそうです
小走り、だと思っていたが、予想を超えてポールは全力で近くへやって来た。
あまりの勢いにアントニアも目を見開いている。わたしだってびっくりだ。ただ、近くへ来た彼の表情を見ると納得した。
「思っていたより早くて驚きましたよ。でも良かった、エリオットが待ってます」
などと言いつつ、ちらちらとアントニアに視線を送るポール。
わたしは噴き出しそうになるのをこらえつつ、アントニアを紹介することにした。
「ありがとう。そうだ、彼女はパーセル伯爵令嬢、アントニアです。選考会について来てくれることに決まったので、エリオットにも紹介したくてついてきて貰ったの。
アントニア、彼はエリオットの側近で護衛のポール。ほら、前に、姉様を見ても全く反応しなかった珍しい男性のひとりだよ」
そう教えるとアントニアは大きな目を増々見開いて、まじまじとポールを見つめた。
突然見つめられたポールは、いつもの自身たっぷりで傍若無人な雰囲気が消え失せ、かなり動揺している様子だ。
わたしは唇を引き結んで笑いたいのを堪える。
何しろ、ポールは恐ろしく目立つ美男子で、ふてぶてしいのが常なのに、まるで少年に戻ったようなのだ。そんなことは知らないアントニアは、しばらくポールを見つめてから破顔した。
「まあ! 貴方があの魔女の魅力にも屈しなかった方ですのね。初めまして、わたくしはパーセル伯爵令嬢のアントニアですわ。聞きましたわよ、あのナディーンを見ても全く動じなかったのですって?」
「え、ええまあ、凄い美人だとは思いましたけど、いかにも作った感じがありましたし、何よりこちらを品定めする目つきが気に入らなかったんですよ」
突然の問いに少し戸惑いつつ答えるポール。
とは言え、アントニアも姉様が原因で婚約破棄された事があることは知っているので、すぐに質問されていることに思い至ったようだ。
「それに、彼女より、貴女の方が何倍も美しいと俺は思いますよ」
不意に放たれた言葉に、今度はアントニアが動揺する番だった。
「そ、そうでしょうか。初めて言われましたわ」
「だとしたら、見る目のない奴ばかりに当たったんですね。お気の毒に。でも俺は本心からそう思います。俺はお世辞が嫌いですから」
「まあ、ありがとう」
アントニアは淡く頬を染めて俯いた。
まあ、仕方ないと思う。
この国の社交界で一番美しいのは姉様というのが常識になってしまっていて、他の令嬢たちはどれほど美しくても二番目、三番目扱いが常だからだ。わたしなんて五番目か、それ以下扱いである。姉様より綺麗、などという言葉はこの国ではほとんど絶滅危惧種に等しいだろう。
そんなレアな言葉を掛けられてしまったアントニアは、少しもじもじしていたものの、愛らしい笑みを浮かべて言った。
「あなたとはぜひ色々とお話してみたいわ。でも、殿下の付き人ということは、もうお別れですのね。残念だわ」
「でも、ジェシー様の侍女になるのなら、バーギンでまた会えますよ」
「そうですけど、そうだわ。貴方さえよろしければ、お手紙を下さらない。わたくしも書きますから。これから長いお付き合いになりそうですし、今から仲良くしておいても損はないわ」
「それはいい提案ですね。そうしましょう」
「まあ、楽しみね。あらジェシー、どうなさったの? さっきからあさっての方を見たり口を押さえたりして」
「いやいや、気にしないで。ちょっと、ほこりが入ったの、それだけ! それだけだから!」
あまりの甘酸っぱい雰囲気に、つい笑ってしまうのを堪えに堪えていたのだ。
「ならいいですけど、そろそろ行きませんと」
怪訝な顔をしているアントニアが現実を思い出させてくれる。そうだった。何となく気持ちが少ししぼむような気がしたけれど、ちゃんと行かなくてはならない。
「そうだね。行かなくちゃ、エリオットは今どこにいるの?」
「殿下はこちらで待ってます、ついて来て下さい」
わたしはポールに頷いて、後に続いた。
◇
見慣れた王宮の客間。その扉をポールがゆっくりと開けて、わたしに中に入るように促す。一瞬ためらってから、意を決して足を踏み入れると、いるはずのエリオットが見えない。
「あれ? おかしいな」
「どうかしたの?」
「この部屋にいるのよね?」
客間と寝室の両方がある部屋の中を見渡し、首を傾げる。すると、異変を察したポールが部屋へ入って来て、「あれ?」と声を上げる。
「ここにいると言っていたんですけどね」
正直、ここでお別れするのだと思って入って来たので、わたしは何となく気が抜けて部屋へ入ると、あちこち見て回る。客間にあのすらりとした端正な姿はなく、もしかしたら王に呼ばれたのかなと思ってふと寝室に目を向けると、寝台の下に何かが見えた。
まさか、と思って少し近づくと、エリオットが膝を抱えている姿が目に入る。
「エリオット?」
恐る恐る声を掛けると、彼はゆっくりと顔をあげてわたしを見た。だが、いつもの穏やかに笑んでいる顔は消えて、目の下に結構な隈が出現してしまっている。
「だ、大丈夫?」
「はい、多分?」
「多分って、こんな様子で国へ戻れるの?」
近寄って側へ屈みこむ。エリオットは真っ直ぐにわたしの方を見て、力なく笑った。
「平気ですよ。ちょっと眠れなかっただけですから」
「いや、その様子だと一睡も出来ていなかったんじゃ」
ポールが呆れたように言う。わたしは正直、どうしたら良いのかわからずに混乱する。こんなふうになった彼を見たのは最初の時だけだ。あの時は空腹だったが、今度は睡眠不足らしい。
「なら、出立を一日遅らせた方がいいんじゃないかな。無理して何かあったら良くないし」
そう言ってみたものの、きっと平気だと返されるだろう。
そうやって、彼はいつもわたしの不安を宥めてくれる。そんな優しさが好きなところのひとつだった。
だが、今日は違った。
「そうですよね。一日遅らせても構いませんよね?」
「そうだね。ん?」
返ってきた言葉に、わたしは一瞬混乱した。予想と違うものが返された気がする。さらに畳みかけるように両手を掴まれ、整った甘い顔が限界近くまで接近してくる。
突然の事に固まって動けないわたしに、エリオットは笑顔で言った。




