6 すきっ腹同士の探り合い?
歓声と共に、大きな陶器のジョッキで乾杯する面々。
わたしはといえば、メニューと睨めっこしていた。
ああ、憧れの魚介料理。鮮度の良いお魚さんたちをフライにしたり、パイで包み込んで焼き上げてある。バターの素晴らしき香りに、ハーブと香辛料が効いていて、きっと素晴らしいんだろうなあ。
ボリスとメイジー、チャドは麦酒をどんどん流し込んでいる。
わたしも早くお酒が飲める年齢にならないかなあ、などと思っていると、青年と目が合う。
「あの、頼むもの決まった?」
「はい! この煮込みと魚のフライとスープに、ロースト。パンも欲しいです!」
「そ、そう。メイジー、決まったみたいだよ」
「分かりました。では注文を取って参ります」
わたしはメイジーに自分の食べたいものと青年の食べたいものを伝え、待つことにした。鼻腔をいい匂いが刺激する。店内の雰囲気もとても素敵だ。
天井から吊り下げられたガラス容器の中に獣脂の蝋燭。
あめ色に輝くテーブルに、至るところに立つ柱。
料理を運ぶのは若い女の子が多いみたいだ。
皆すごく忙しそうで、この店が流行っていると伝えてくる。やがてメイジーが戻ってきた。彼女は麦酒をちびちびと飲む。
まだ落ち着いていないのか、いつもよりゆっくり飲んでいる。
わたしはメイジーが正体を失くすほど酔ったところを見たことがなかった。ボリスは良くその辺りで潰れているのを見ることがあるけれど。
「さて、お料理が来る前に、あなたの名前を聞いてもいいかしら?」
メイジーが青年に訊ねた。
その目は鋭く、尋問でもはじめるかのようだ。青年は一瞬怯んだもののすぐに返事をした。
「はい、もちろんです。僕の名前はエリオット・ハーヴィー。こんな風ですけど、以前は騎士様の家に仕えていました」
「以前は?」
わたしが問うと、青年エリオットは頷いて困ったように笑った。
「実は、働きぶりが認められて他の騎士の家へ行くことになったんです。もっと名誉な仕事を任せてくれるからと、そこでその、追い出されちゃいまして」
「何か失敗でもしたのかしら?」
「僕としてはそんなにひどい失敗をしたつもりはなくて、でも、僕のことを気に入らなかった誰かがいたみたいなんですよね」
はあぁ~と盛大にため息をつくエリオット。
「それは、大変だったわね」
メイジーが珍しく頷いてみせた。けれど、すぐに彼女はこう尋ねた。
「その騎士の家名は?」
「あ、ええと……言ったらまずいかもしれないですから。皆さんにご迷惑もかかりますし~」
言葉を濁すエリオット。
メイジーの目がキラリと光る。
わたしは困っているエリオットを見かねて言った。
「ま、まあ、名前は聞かなくてもいいんじゃないかな? わたしとしては、目の前で倒れていたあなたを放っておけなかっただけだし。今日は美味しいものを食べて、明日から頑張ってもらえば、ね?」
「ありがとう、ありがとうございます。……その、聞きにくいのですが、皆さまとても良い服装をしておられるし、馬車までお持ちですよね。もしかしたら、この国へ観光にいらしたんですか?」
エリオットは少し涙ぐんで逆に訊ねて来た。
わたしは少し考えた。
まさか王子の花嫁候補としてやって来たけど速攻で金握らされて帰されることになったので、観光してから帰ると馬鹿正直に言えるはずもない。
ということで、彼のセリフにちょっと乗っかることに決めた。
「そうなの。わたしたち、リドルトン王国から観光に来ているの!」
「やはりそうでしたか! あの、じゃあ僕にこの街を案内させて頂けませんか?」
「はい?」
唐突な申し出に、わたしは目を瞬いた。
それからメイジーを見ると、案の定苦虫を噛み潰したような顔をしている。
彼女としては、こんなどこの馬の骨ともわからぬ青年を連れ歩くのは、色々な意味で危険だと考えていると思う。
実際、そうかもしれない。
だけど、わたしはエリオットに悪い印象を持つことは到底できなかった。
「だって、僕の気が済みません。それに、あなたたちは、あなたは、食事をとらせておいて後でぼったくるようなことをするようには見えない。ただ単に、たまたま僕があんなところで倒れていたから、哀れんでくれただけの方に見えます!」
ええその通りですけど。
と言うか、エリオットの方は一応怪しんでいたんだなあと思い、わたしはやっぱり世間知らずなのだと妙に納得した。
メイジーがいなければ今頃どうなっていたことやら。
自分の能天気さには気づいていたが、こういう形で気づかされると空しいけれどすごく納得。うん、いいお勉強になったよね。良かった良かった。
「ええ、確かにお嬢様はそうですとも。ですが、私たちがあなたを罠にかけて何か法外なことを要求しないとは限らないのよ?」
「いいえ、僕は色々なひとを見て来ました。あなたたちは悪人ではないです。ですから、少しでも恩返しをさせてくださいませんか?」
エリオットの真摯な様子に、わたしたちはどう返答したら良いものか悩む。
その時、頼んでいた料理が運ばれてきた。
美味しそうな匂い。
冷めたらせっかくの料理がもったいない。わたしは言った。
「とりあえず、食べてからにしましょう」