24 大歓迎されました
パーセル伯爵邸と公爵邸はさほど離れていない。歩いて行ってもそれほど時間はかからないので、徒歩だ。
ちなみに、メイジーは仕事が溜まっているので同行していない。
何やら悔しそうだったけれど、四六時中くっついて世話をする必要はないのだ。そう言うのだが、何かあったら死んでも死にきれないからと、外出の際は大体ついてくる。
いつまでも子ども扱いなので、わたしは少し不満だった。
すると、生き生きしているのが見抜かれたのか、ボリスが苦笑気味に声を掛けてきた。
「メイジー抜きで歩くジェシー様を見るのは何だか久しぶりですね」
「そうだね。どこかへ出かけるって言うと必ず同行するって言うし、わたしもその方が助かるから。
何より、来なくていいって言うと泣きそうな顔をするから言いづらくて。別にひとりで行くって言っていないんだから、大丈夫なのに。そんなに頼りないのかな?」
「いえ、メイジーの方が心配性なだけだと思いますよ。まあ、そんなところが可愛いのですが」
何やら少し嬉しそうな、けれど切ないような顔をしたボリスを横目で見て、わたしはふと気になっていたことを訊ねてみた。
「ねぇ、そういえば、少しは距離が縮まった?」
「……」
返事がない。
横目で見続ければ顔には冷や汗が浮いている。これは全く進展していないな、とすぐにわかった。
「確か、告白もしてたよね?」
返事がないのでさらに続けると、ボリスは頷いた。
「ええ、しましたよ。でも『そうですか、ありがとうございます』だけでした。返事も特にありませんし、意識してくれた様子も無く……」
答えながら涙目になってきたボリス。
わたしは罪悪感を覚え、慌てて言った。
「も、もういいよ! 何かごめんね……ちょっと、気になってたから訊いたんだけど、やめておけば良かったね」
「いいえ。気にかけて下さって嬉しいです。彼女にはそんな話など無かったかのように振る舞われていますから」
遠い目をするボリス。
悪いことをしてしまった。
とは言え、迂闊に人の恋愛に首を突っ込むのも気が引ける。へたに引っ掻き回して後で恨まれたくはない。
もちろん、いつもわたしのために色々と気を回し、頑張っているふたりには幸せになって貰いたいと願っている。
ここでわたしがボリスに協力するのは全然かまわないし、それでふたりが幸せになるのなら、むしろ積極的に何かしてあげたい。
でも、メイジーにとってそれが一番いいのかはわからない。
とそこまで考え、わたしはそういえば、長い付き合いなのに、メイジーについて知らないことが意外とあるなと気づく。いつもすぐ側にいるけれど、踏み込んだ話をしたことはない。
何より、メイジーがあまり自分のことを喋りたがらないから、嫌なのだろうと思って聞かないようにしていたのだ。
だから、男性の好みひとつもわからない。
性格は良く知っているし、どんなものが好きかも知っているけれど、その程度だ。
きっとそれはボリスも同じだと思う。
でも、きっとメイジーは嫌がるような気がした。
けれど、彼女のこれからを思えば、もう少し知りたいと言うのも本当のところだ。
かと言って、わたしにうまく聞き出す術はない。
つまり、今はまだ何かをしてあげられる仲にはなれないまま、そっとしておくしかないようだ。
「色々うまくいかないなぁ。だけど、探り探り進むしかないよね」
それはほとんどわたしが自分へ向けた言葉だった。
だが、ボリスはそう受け取らなかったようだ。
「そうですね。努力することを諦めるつもりはないですよ!」
それまでの沈鬱さが一転、力強く発された声に、わたしは苦笑した。
「そうだね。諦めたら終わりだもの……あ、もう着くね」
すると、眼前に巨大な鉄製の門扉が見えた。
これがパーセル伯爵邸への入り口だ。その門扉をくぐれば、すぐに馬車の車寄せがあるのが見える。
それを確認し、ボリスが先に立って人を呼びに行く。
やがて邸内から従僕らしき使用人が現れて、わたしの姿を見ると深く礼をする。一応パーセル伯爵令嬢に許可を貰って来て欲しいと頼み、待つ。
ほどなくして戻って来た従僕に連れられ、邸内へ入る。
ここには何度か訪れたことがある。
ほとんどナディーン姉様関係の話だが、時々パーティも開かれる。
迷惑を掛けている身なので、招待されたら断りにくかったので、良く参加していた。
公爵邸ほど広くなく、それでも品位の保たれた美しい邸だ。
比較的新しい建物なので、色々汚れも少なくて綺麗で、流行している陶磁器などが美しく飾られている。
伯爵家は領地にも屋敷があり、そちらは歴史を重ねた重厚なものなのだそうだ。ちなみに、公爵家にも別邸がふたつほどある。
などと思いつつ歩いていると、前方から足音が響いてきた。
思わず立ち止まれば、昼用のシンプルなドレスという今まであまり目にしたことのない姿のパーセル伯爵令嬢、アントニア・ミルドレッド・パーセルがいた。
「まあああ! ジェシー、来るなら来ると先ぶれを下されば良かったのに! こんな格好で出迎えることになって申し訳ないわ!」
「そんなことないよ。それに、急に来てしまったのに、会ってくれてありがとう」
若干アントニアの勢いに腰が引けつつ答えるわたし。
この迫力はいつ見てもちょっと引いてしまう。
何しろ、彼女の外見からして派手めなのだ。艶やかな黒髪を巻き毛にして束ね、やや釣り気味の瞳は赤褐色。赤やピンクや紫を好み、若い女の子向けのドレスより、やや煽情的なものを選ぶ。
それが良く似合っているのだ。
正直、彼女と婚約破棄した男の気持ちがわからない。
心から不思議に思えるくらい、結構美人さんなのである。
そんなアントニアは瞳を煌めかせ、案内してきた従僕を押しのけてわたしの手を取った。
「さあさあ! こちらへいらして、お話しましょう。色々と聞きたいこともあるのよ!」
「えっ、ちょっ、どこへ!?」
そのままぐいぐいと力強く引っ張られ、わたしは何やら引きずられるようにしてどこかの部屋へと連れて行かれてしまった。




