22 頼まれごと
「あ、そうだ。もう一つアンダーソン嬢にお願いがあるんですけど、聞いてもらえます?」
「お願い?」
ポールが、わたしに?
彼から何かをお願いされるなどと全く思っていなかったわたしは驚いた。今までポールとちゃんと話をしたことなどなかったからだ。
向こうも、何となく距離をとっている様子だったので、気軽に声を掛けるのも気が引けてそのままになっていたのだ。
恐らくは、最初の出来事のせいだ。
奔放で明るい印象の彼でも、流石に気兼ねではあったらしい。
ようやく話が出来るようになったのかな、と思いつつ、果たしてわたしに出来ることなのだろうか、と少し不安を感じたが、彼が口にしたのは予想外のことだった。
「王太子妃候補として選考会に参加する場合、侍女は上流階級の女性から選出するでしょう? それ、パーセル伯爵令嬢に決めて貰えませんか?」
「え、構わないけど……どうして?」
「俺の好みなんで!」
満面の笑みで放たれたセリフに、わたしは目を丸くした。
と言うか、一瞬何を言われたかよくわからなかった。
「え、えーと、それはつまり……」
「可能性があれば口説きたいなあ、と。ほら、俺たちはもう帰らなきゃならないじゃないですか。そうなると、二度と会えないですし」
あっけらかんと告白めいたことを言うポール。
あまりにアッサリしているため、わたしの気持ちが追いつかない。
――ええと、これは、どう解釈したらいいのかな?
「ポール……そんな言い方じゃ本気なんだか遊び何だかわからないよ。何より、正式に来てもらう以上、遊びで言ってるなら……」
「いや、遊びで言ってるんじゃないんですけど」
うーんと唸って頭を掻くポール。
今いち本気度が読めない。
第一、向こうがいいと言うかどうかさえわからないのだ。それに、彼女は一度辛い経験をしている。
とりあえず、ここまでの印象で言えば、彼は悪いひとではない。
しかし、悪い人間ではないからといって、恋愛面で彼女を再び傷つけないという保証はないのだ。何より、女好きを豪語しているような人物であることに違いはない。
どうお返事したら良いものかと悩んでいると、メイジーが口を開いた。
「僭越ながら申し上げますと、カウエン様はどう見ても軽薄な男そのものですので、信用性に欠けるかと。これではジェシー様も軽々しくお返事できません」
「えー、これでも一応真面目に生きているつもりなんだけどな」
「そう見えないから言われたんだろう?」
エリオットが半眼で言うと、ポールは少し恨めしそうな顔をした。
「俺は融通のきかない人間にはなりたくないんですよ。ご存じでしょうに、ああ、困ったな」
本気で困り果てているようだ。
わたしは皆のやり取りを見ながらどうすべきか考え、ようやく決めた。
「とりあえず、パーセル伯爵令嬢に聞いてみることにします。受けてくれるかはわからないけど、彼女も少しこの国を離れた方が気持ちを整理するのにいいと思うので」
そう言うと、ポールは瞠目した後喜びかけて、すぐに首を傾げた。
「気持ちの整理?」
「ええ、彼女もわたしと同じく、姉様のせいで婚約者に捨てられたんです。でも、中々そこから先に進めなくて、あんまり男性とお話しなくなってしまったんです」
必要最低限のことは、貴族令嬢らしく受け答えしているけれど、基本的に同じ痛みを味わった令嬢たちと固まってお喋りしたり、お茶会を開いたりして過ごしているのだ。
わたしも良く招かれるので知っている。
ただ、あまり顔は出さない。
わたしの顔を見れば、きっと姉様のことも付随して思い出されてしまいそうで、ためらいがあるのだ。
「それは初耳ですね。なら、なおさらバーギンに連れて来て下さいよ。そこで本気だとわかってもらえると思うんで」
ポールの目の色が変わっている。
怒っているようだ。
しかし、彼はそんな感情を面に出すことなく、何か強い決意を秘めた様子でわたしを見てくる。
ならば、わたしも誠意で応えなくては。
「必ず、とは言えないですけど、話はします。約束です」
「ありがとうございます、アンダーソン嬢」
礼儀正しく礼をされ、わたしはちょっと面食らう。
ちゃんとしていれば、ちゃんと騎士に見えるのに、何と言う残念なひとなのだろう。
ただ、先ほどのエリオットとのやり取りからして、きっと理由があるはずだ。だから、仕方がないのだろう。
「いいえ、あくまでも彼女がうんと言えばです。嫌だと言ったら、その時はごめんなさいね」
「そうなったら、仕方ないです。別の方法を考えますよ」
そう答えるポールの表情は相変わらずふてぶてしいが、わたしには羨ましくもある。ここまでの精神力はどうやれば身につくのか聞いてみたいし、やれるならやってみたいくらいだ。
「頑張ってください」
「ええ、さっきの話を聞いたら俄然やる気が出て来たんで、頑張ります」
いつもの笑顔だ。
わたしはその様子に、本当に可能なら、パーセル伯爵令嬢を連れてバーギンを見て回りたいと思った。




