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17 冷たい目


 あまりのことに、わたしの胸がすっと冷える。

 ナディーン姉様に睨まれるようなことをした覚えは全くない。


 ――え? わたし何か気に障ることした?


 じろじろと見たのがマズかったのだろうか。確かに、観察されるように見られれば嫌かもしれない。

 しかし、そんな理由であんなに冷たい目をするものだろうか。


 会わない間に、姉様に何があったのだろう。


 もしかしたら、エリオットやポールが自分を見ないからそういう目でわたしを見たということだろうか。

 確かに、特にエリオットはわたしの方に意識を向けてくれている。


 嬉しくてたまらないし、小躍りしたいくらいだ。


 何より、今までだって、姉様を恋する男の目で見なかった若い男性はたくさんいる。舞踏会に行ったときも、全員が姉様を見ていた訳ではない。大勢が姉様の虜になってはいたけれど、興味を持たない人物もいたのだ。


 それにナディーン姉様は言っていた。


 貴女にもいい人がきっと現れる。

 そうしたら心から祝福してあげるわね、と。

 そう言っていたのだ。


 だと言うのに、こんな殺意のこもったような目で見られるなんて、思いもよらなかった。


 高揚した気分は一気にしぼみ、頭の中が混乱してくる。


 ――どうして、きっと祝ってくれると思っていたのに……。


 そして、姉様は姉様で、王子殿下と結ばれて幸せになる。

 ふたりとも、幸せを手に入れられるのだ。

 なのに、どうして?


 わたしは姉様から目を反らし、父とエリオットの会話に意識を引き戻す。先ほどから晩餐会と同じようなやりとりが続いているので、つい聞き流していたのだ。父はどうぞよろしくお願いします、と言い、エリオットもまた是非にを繰り返している。


 母はにこにこしながらお茶を飲んでいるだけだ。


 まさに喜色満面、この世の春だと表情が全てを物語っている。それもそうだろう。娘二人の縁談がまとまりそうな雰囲気なのだ。

 しかも、相手は双方ともに王族。


 これを喜ばない母親は少ないのではないだろうか。


 しかも現在は戦争などもなく、国は平和そのもの。外交問題がない訳ではないけれど、人質だの何だのという血なまぐさい話が出るような情勢でもないのだから、素直に喜べばいいのである。


「それにしても、殿下は本当にジェシーを気に入って下さったようで、私はとても嬉しいのです。実は、ジェシーは一度婚約を白紙にしておりましてな」


「ちょっと! そんな事殿下に言わなくても」


 母が珍しく苦言を呈する。

 せっかく片付いてくれそうなのに、ここで印象を悪くしたくないのだろうなと思いつつ、わたしは自分にも運ばれて来たお茶に口をつけた。


「ああ、それなら知っていますよ」


 エリオットの発言に、父がわたしに驚きの目を向けてきた。


「ジェシーに、聞いたのですか?」


 父が困惑しつつ質問するのを聞くともなしに聞く。


「はい。泣いていたところを偶然見かけて、聞いたんです。それに舞踏会では相手だった方とも会いました」


 にこにこと笑みを浮かべながら語るエリオット。

 まあ、あの時はまさかこんな事態になるなんて想定していなかった。


 バーギン王国を案内して貰ったらさようならするのだと思っていたのだ。それがバーギン王国の王子で、あまつさえわたしに対して好きだと言ってくるなんて思わないではないか。


「あの男に、会われたのですか?」


 父は顔をしかめ、そうエリオットに訊ねた。


「はい。とても失礼な男でした。ジェシーがあんな男と結婚せずに済んで本当に良かったと思っていますよ」


「ああ、やはり何かご無礼を……いや、私の見る目が腐っていたらしく、ご不快な思いをさせることに、申し訳ありません」


「公爵のせいではありません。それに、あの男が無礼を働いたのは僕に対してというより、ジェシーに対してですよ。一応、あの男のことはリドルトンの陛下にもご相談しました。どういう裁定が下るにしても、評判が地に落ちるでしょうね」


「なんと! そこまでして頂けたとは……本当にありがとうございました。はあ、殿下は本当に思いやりのある、お優しい方ですなあ」


 言いながら額の冷や汗をぬぐう父。


 それを見て、婚約破棄された後の父のことを思い出していた。毎日のように、わたしに悪いことをしてしまった、このままでは相手が見つからないのではと心配し過ぎたのだと言っていた。

 その気持ちは良く理解できた。


 あの時、わたしに声を掛けてくる男性はほとんどいなかったのだから、父として心配になったのだろう。


 以来、結婚については一切口を出さなくなり、それに気づいていた弟が気を使い、もしもわたしが誰とも結婚出来なかったら自分がなんとかすると言い出したのである。


 適齢期がずるずると過ぎていく中で、やや絶望的な気分になりながらも日々明るく過ごせたのは、この弟のおかげだ。


 最悪に口は悪いが、いい家族なのだ。


 エリオットにもそれが伝わるといい。

 そう願いつつ彼を見れば、目が合った。

 びっくりしつつも目を反らさずにいれば、彼はこちらを見たまま言う。


「いいえ、ジェシーのためでしたから」


 父はそんなエリオットと戸惑うわたしを見比べて、心から安心したような表情を見せる。ここしばらく見せたことのない顔だ。


「ジェシーは、本当に素晴らしい方と出会えたようですな」


「ええ、本当に! もう見ているのが恥ずかしくなるほどだわ。ずっとあなたのことは心配だったけど、きっと大丈夫だと信じていたの。だって、自分の子どもとは思えない程しっかりしているのよ」


 やや涙ぐんだ父を見て、母が口を開く。


「それはわかります。何度も助けてもらいましたから」


 さらにエリオットがそう答えると、母は目を輝かせる。こうなると何を言うかわからない。もういいからと口を挟もうとした時、予想だにしていなかった方から声があがった。


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