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5 空腹は理性を壊すのね


 動けないまま、草むらに横たわる青年をまじまじと眺める。


 柔らかそうな亜麻色の髪は肩まである。整った顔立ちは秀麗で、肌は透き通るよう。微かに赤く染まった頬。つややかな肌。

 なんというか、凄く可愛い。色々な男のひとを見てきたけれど、ここまで愛らしい顔立ちをした成人男性は見たことがない。


 ていうか、女のわたしより可愛いというのはどういうことですか!

 誰かこの現象を教えてください。

 男が、女の、わたしより、可愛い!


 とは言え、このひとどうやら空腹で倒れたらしい。


「ジェシー様! ジェシー様?」


「お嬢様ならあそこだよ」


 ボリスがあっさり居場所をばらす。

 わたしは観念して立ち上がり、やって来たメイジーに笑って見せた。


「ええと、あのね?」


「何ですか?」


 疑いの眼差し。

 ちらちらとメイジーの視線が背後に向かっているのがわかる。ああ、また怒られる。それでも、あのひとを放っておいたら後味が悪い。わたしは意を決して言ってみることにした。


「そこに、可哀そうなひとが……」


「助けませんよ?」


「いやでも、そんな大そうなことをするんじゃないの。ちょっと、可哀そうだから、ご飯をおごってあげたいなあと……」


「それだけですか? 知らない他人がいきなりそんなことをしたら、そこの人も困るでしょう。幾らか握らせてあげれば十分です」


 その通りだ。

 いまわたしの懐は実に充実している。お金をあげれば済む話だ。

 それでも、今見た光景から考えると良くない想像がふくらむ。


「それは全くその通りなんだけど……多分、誰かに盗られて終わりだと思う。ちゃんと食べ物をあげないと」


「なら、そこらで売っているものを彼に恵めばいいでしょう?」


「あのね、多分それも盗られそう」


 メイジーはそこまで話してようやく後ろに倒れている青年を見た。しばらく観察するように見つめ、嫌そうな顔でわたしを見る。


「ジェシー様は捨てられているものを拾うのが本当にお好きですね」


「はい、そうですね」


 確かに、公爵家へ帰れば捨てられていた犬とか猫とか子どもがいる。子どもは今や立派に小姓をつとめているし、犬も狩猟犬として兄にもらわれた。猫は毎日使用人の女性たちの癒しと愚痴を聞く係だ。

 別に養えない訳ではないので、今のところは困っていない。


「ですが、これは困りましたね。とにかく、起こさないことには話が進みません。この男性がどこの誰なのかきちんと判明したうえでどうするか決める必要がありますね」


「おっしゃる通りでございます」


 しおらしく言うと、メイジーはため息をつきつつ青年に歩み寄り、頬を何度かぺしぺしと叩く。それでも起きないので声を掛ける。


「もし! 少しお話があるのですが!」


 起きない。どうしたものか。


「揺さぶってみますか?」


 ボリスが入ってくる。メイジーは少し考え、ではお願いしますと自分の場所を明け渡した。そろそろ日暮れ時。もう少しすれば暗くなる。きっと早めに宿に向かいたいのだろうな、と思いつつも、メイジーに怒られなくて少しほっとするわたし。何度も言うけど、本当に怖いんだもの。


「おーい! 坊や起きな! 家のお嬢様があんたに美味いもんおごってくれるって言ってるんだぞぉ~っ!」


 両の肩を掴んでぶんぶん前後に揺するボリス。

 だいじょうぶかな。脳とか揺れたら色々大変なんじゃないかな、と心配しながら見ていると、なんと! 美味いもんのくだりあたりで青年がカッと目を見開いた。


「おお、起きた!」


「う、美味いもん……美味いもん!」


 整った愛らしい王子様っぽい容姿の青年が呻くように美味いもん美味いもんと繰り返している。わたしは何だか見ない方が良かったものを見た気分になった。


 整えられたテーブルに並んだ美しい料理を、きちんとしたマナーでもって綺麗に食べているのが似合いそうな容姿なのに。

 なんだろうか、とても悲しい気がする。

 とは言え、こんなところで倒れている時点で王族でも貴族でもないのだろうから、彼は普段からそんな感じなのだろうなと思って諦める。


「ようし、そうだ! 美味いもんだぞ! お嬢様、メイジー、起きましたよ!」


 爽やかな笑顔でボリスが言う。

 彼に肩を支えられた青年は、わたしを真っ直ぐに見てきた。

 切れ長の整った瞳。時間帯的に色がちょっとわからないが、やっぱり美男子。まあ、ちょっと血走っているけど。

 それは見なかったことにする。

 彼はわたしをじっと見つめると言った。


「美味いもん、美味いもんはどこですか!」


「え、ええとあの、メイジー、どこで食事をとる?」


「宿には食堂はないみたいですから、街の安全そうなところでと考えていたのですが。すぐそこの食堂に行くのが良いようですね」


「おおっ!」


 後ろから歓声が上がる。チャドだ。どうやらあの食堂に目を付けていたらしい。わたしもああいうところで食事をとってみたいと常々思っていたので、内心歓声を上げたい気分だった。


「じゃあ、行きましょう。まだそんなに混んでいないでしょうし、ね!」


「ええ、ほらそこの二人行きますよ」


「おーし、酒飲むぞーーっ!」


 ボリスが青年に肩を貸したまま言う。

 青年は相変わらず「美味いもん美味いもん美味いもん」と呪詛のように唱えている。わたしはそれから目を反らし、何を食べようかなと考え始めた。


  

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