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15 やってきたのは


 何事もなく終わってくれ、というわたしのささやかな願いは何とか叶えられた。


 父の計らいか姉が舞踏会にこっそり出てきてしまうということもなく、全ての日程が無事に終わる。

 舞踏会のあと、一旦別れの挨拶をするのに宮廷へ行く必要があるが、それで全て終わりだ。


 少しもやもやが残るには残るが、これはわたしが望んだこと。

 諦めて受け入れるつもりだ。


 それでもひそやかに望み、願う自分がいることには気づいている。

 心の片隅で、ナディーン姉様を見ても全く変わりなくわたしを見てくれるエリオットの姿を。

 艶やかで美しい姉ではなく、可愛いとは言われるけど特筆した良さも見いだせないわたしを選んでほしいと。


 ――そんなの傲慢だよね……。


 舞踏会の翌日、特に予定もないため庭でぼーっとしながら花を眺めながらわたしはそんなとりとめもないことを考えていた。

 汚れてもいいような濃い茶色のドレスに、暇つぶしにと持ってきた本を膝の上に置き、設えられた小さな石材のテーブルと椅子に掛けて、忙しかったここ数日を思い出す。


 こうやって、神経をなだめるのが集まりに出た後の習慣だった。


 とは言え、会えないとなるとなんとはなしに寂しいものだ。


「いつの間にか、大切になっていたんだなあ」


 呟いても返事はない。

 こういう時は完全にひとりになりたいので、メイジーも気遣って館の方にいる。今わたしの近くにいるのは仕事中の庭師、トレバーだけ。とは言え、彼の仕事場は広大なので今どこにいるのかは全くわからないし、彼もわたしを良く知っていて放っておいてくれるから、とても静かだ。


 まあ、所定の時間になればメイジーが迎えに来てくれるので、それまではのんびりだらだら出来る。


 とはいえ、今日に至っては本を読む気にもなれなかった。


 脳裏にエリオットの顔ばかり浮かぶからだ。


 そもそも、彼はどうしてわたしを好きになったのだろうか。かねてからの疑問ではあったのだが、面と向かって聞くのも躊躇いがあり、聞けないままでいたのだ。

 いくら自問自答したところで決して答えが出ないこともわかっていて、それでもつい考えてしまう。


 ――やっぱり、ちゃんと男性として見てくれた、っていうのが一番の理由なような気がするんだけど。


 そう、エリオットは魅力的だが一般的に見ても女性に好まれる方ではない。この国でもバーギン王国でも、伴侶や恋人にしたいのはもっと男らしい男だ。なので、彼は対極にいるような人物だった。


 しかし、近くで見ればそんなことはないし、何より触れた手が恐ろしいほど男性を感じる。


「ああっ! だめだ……エリオットのことは考えないようにしないと心臓に悪い」


 思い出しただけで何やら動悸がしてきたので、わたしは必死に落ち着こうと深呼吸した。


 すると、不意にわたしを呼ぶ声が聞こえてくる。


「あれ、まだいいはずなのに」


 ここへ来てそんなに時間は経っていないはず。

 だと言うのに、メイジーがわたしを呼んでいる。不思議に思っていると、案の定メイジーが現れた。しかも驚愕の表情をしている。


「ジェシー様、お休みのところを申し訳ないのですが、お戻りください。突然ですが、お客様がいらっしゃいました」


「お客様って、一体誰が?」


 問い掛けると、メイジーは一瞬黙り込み、それから何とも言いにくそうに口を開いた。


「エリオット、殿下でございます」


「えっ!」


 どうして急に。

 舞踏会の時、彼はアンダーソン公爵家に来るなどと一言も言っていなかったはず。わたしは驚いて、自分の格好を見て慌てた。


「ど、どうしよう、完全に気が抜けてた……もう着替える時間もないし」


「いえ、こっそりと戻れば可能です」


「でも失礼になるから……」


「いいえ、今すぐお出迎えになるのはおやめください」


「どうして?」


 メイジーの様子が少し変だ。

 ひどく気づかわしげにわたしを見て、言いにくそうにしている。それでも彼女は静かに言った。


「現在本館に、ナディーン様がいらっしゃいます」


 殴られたような衝撃、というのはこういうことを言うのだ。

 今までにも無かった訳ではない。

 その中でも、これはかなり強い衝撃だった。


 どうしたら良いのかわからなくなり、立ち上がる気力も湧いてこない。メイジーはこういう嘘を言う人間ではない。つまり、もう今頃エリオットは姉と挨拶を交わしていることになる。


 足元が崩れ去るような感覚に襲われて、わたしは肩を落とした。


 着替える気力すら湧いてこない。それでも、行かねばならないのだ。のろのろと立ち上がり、わたしは言った。


「それでも、挨拶に行かないと良くないから、行くよ」


「ジェシー様、顔色が良くありません……、仮病を使ってもよろしいのではありませんか。私がそうお伝えしてきますから」


 どこまでも優しいメイジーの声に、わたしは静かに返す。


「いいの、後回しにしても同じだから」


 どちらを選択しても痛いのだ。

 だったら早く終わらせてしまおう。わたしは深く息をついて、空を仰ぐ。なんていい天気だろう。全く気分に合わない。


 ――雨だったら良かったのに。


 そう思いつつ、意を決して本館へ足を向けた。



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