14 このまま無事に
何はともあれ、ハンフリーが去ってくれたことで、騒然としていた大広間に元の空気が戻って来た。
その状況に合わせるように、止んでいた音楽が再び奏でられ始める。
少しずつ、集まっていた人々が散り始めた。
「何だか凄かったわね」
「ええ、いい話の種になりそうよ」
「確かにそうよね、それに痛快だったわ」
「そうね。今が結婚適齢期の子たち、見ていて可哀そうだったもの。すっきりしたわね」
女性たちの話し声が耳に入ってくる。
少なくとも、同性であるからかことの顛末に好意的な声が多いようだ。
「全く、隣国の王太子殿下に喧嘩を売るとは、一体どういうことになっているのだ」
「どうやら殿下は問題にはせずに済ませて下さるようだが……全く」
「あの若さだというのに、殿下がお優しい方で良かった」
「本当に、そうでなかったらと思うと背筋が凍ります」
やや年配の、宮中に仕えている貴族男性が沈鬱な様子で話し込んでいるのも耳に入ってきた。
「若い者の教育を一から考えねばなりませぬな」
「本当に、女に熱を上げて貴族としての最低限の振る舞いすら出来ぬとは嘆かわしい」
「陛下が主催の舞踏会だということを忘れるとは。あの者にはそれなりの処罰を下す必要がありそうですな」
どうやら、ハンフリーは本当に処罰されそうである。
だからといってわたしにはもう関係のない人間のことなのでまったく関わり合いになる気はなかった。
わたしはため息をつきつつ、いまだに若い令嬢たちに感謝の雨を降らされているエリオットを見やる。
何やら仲良く話し込んでいる様子だ。
わたしのことが話題にのぼっている模様なので、入るべきか否かで迷っている。
なにはともあれ、エリオットはリドルトン王国の若い令嬢たちを味方につけたののだ。
ついでに宮中に仕える壮年の有力貴族までをも味方につけた。
これでリドルトン王国とバーギン王国は継続して友好国でいられる可能性が高くなったようで、大変良かったのではないかと思う。
それにしても、いつのまにあんな振る舞いを身に着けたのだろう。
出会ってそれなりに時間が経つけれど、拾ったばかりの頃はもっと自信が無さげで、親しみやすさが強かった。
けれど今は、王太子としてこんな場にいてもほとんど違和感がない。
それだけ伸びしろがあったということかなと勝手に納得していると、お話が終わったらしいエリオットが嬉しそうにわたしの側へやってきた。少し頬が上気している。
やっぱり大勢の女の子に囲まれるのは嬉しいのかなと邪推していると、手を差し出された。
「放っておいて済みませんでした。少し聞いておきたいことがあったもので。それにしても、ここまで感謝されるとは思いませんでしたよ」
「あー、きっとそれだけイライラが溜まってたからかな」
実際、婚約破棄された彼女たちはナディーン姉様に対して怒っているだけではない。自分たちを捨てた男に対しても怒っていたのだ。
「そうでしょうね。僕も怒りをまあまあぶつけられたので、少しは満足です。ここが宮廷でなければもっと物理的に色々ぶつけられたのに、残念ですよね?」
わたしはそうだねと頷きかけて、一瞬待てと言い聞かせた。
さらりと吐かれたセリフの中に、同意したら良くないものがしれっと混ざっていたような気がする。
「ぶ、物理的?」
「はい、僕は剣の腕には自信があるので、その方がもっと痛い目に遭わせられましたから。もちろん、命は取りませんが木の棒などでボコボコにする程度は構わないかなあ、と」
「いやいやいやいやいや、待って。だめだからね、そんなことしたら」
「平気ですよ、バレなければ」
笑顔で何か危ないことをのたまうエリオットの目が笑っていない。
顔の作りがなまじ綺麗なだけに結構怖い。
彼はさらに続ける。
「ジェシーをあれほど侮辱したんですよ、あの男は。その程度の報復措置はとらないと僕の気が済みません」
「とらなくていい! とらなくていいから! わたしはもう、さっき言い返して貰えただけで嬉しいの。だから、もういいの!」
必死にやめてと訴えるが、エリオットは不満そうだ。
「そうですか?」
「そうです! ほら、せっかくの舞踏会なのに、そんな物騒な話をしていたらもったいないでしょ。踊ろう、ね!」
わたしは無理矢理エリオットの手を引っ張って踊りの輪へ入った。
すると、踊りに集中しなくてはならないためかようやくエリオットの様子が変わる。少しして曲に乗ってくると、エリオットがささやくような声で問い掛けてきた。
「僕はうまく踊れていますか?」
「もちろん、もうわたしが教えることなんてないね」
「そんなことはありませんよ。ダンス以外にも色々教えて欲しいことはあります。重要度の高いものから身に着けているので、色々出来ないことはまだあるんですよ」
「そうなの、わたしに出来ることがあれば言って。必ず手伝うから、だって、色々迷惑を掛けちゃったもの」
事実、面倒なことをさせたと思うのだ。
わたしがバーギンに留まれなかったことで、エリオットはリドルトンに来なくてはならなくなってしまった。
まだまだ、王太子として勉強しなければならないときにだ。
まさか追いかけてくるなんて思っていなかった。
帰れば終わると考えていた。
でもそうはならなかった。
嬉しくないと言えば嘘になる。けれど、心に引っ掛かったトゲはそのままだから心から喜べる訳ではない。だからといって、エリオットの気持ちが姉に向くところなど見たくはなかった。
心というものは本当にままならないと、何度も思い知らされてきたが、まだまだ生きている限りは思い知らされるのだろう。
「僕は、迷惑だなんて思っていませんよ。そのお陰でこの国のことを知ることが出来ましたし、陛下や殿下方にもお会いして友好を結べました。それに、こうしてまた会えて一緒にいられるだけで嬉しいです」
「ありがとう、凄く嬉しい」
微笑みつつ答えながらも、沈殿する不安に飲まれそうになる。
優雅にダンスをしながら、このまま静かに、無事に日程が終わって欲しいと、わたしは切に願ったのだった。




