12 嫌みですか
「お久しぶりですね、ハンフリー」
「ええ、お元気そうで良かった。少しは心配したのですよ?」
嘘をつけ、と言いたいのを必死に呑み込む。
彼の口元に浮かぶ薄い笑みは作り物めいていて、どこか気持ちが悪い。ハンフリーは、一応は美男子の部類に属する。
もちろん、到底エリオットや、不本意だがポールほどの魅力はない。
薄茶色の整えられた髪。それよりは幾分か濃い茶色の目。立ち姿はきちんとしていて誠実そうだ。実際、ほとんど浮いた噂は無く、領民にも慕われているらしい。
当然だろう。
わたしの父がわたしの婚約者にしようと決めた程度には、良い人間なのだから。
「それはどうも、でもわたしは大丈夫ですから」
とっととあっち行けと言外に言ってみる。
「それは良かった。僕もずっと気が咎めていたんだ、これで心置きなくナディーンに結婚を申し込めるよ」
「そう、それは良かった」
「ああ、本当に。だけど、今夜は彼女は来ていないみたいだね。もしかして、君の仕業かい?」
それに対して、わたしはすぐに答えられなかった。
一瞬、何を問われたのか理解出来なかったからだ。しかし、彼の真意に気づくととても不愉快な気分になる。
どう答えたらこの不毛な会話を終わらせられるのかと考えていると、ハンフリーは嘲笑うように言った。
「やっぱり。それもそうだよな、ナディーンが来ればせっかく隣国の殿下の相手役に選ばれたというのに見向きもされなくなるだろうからな」
「っ!」
小さく息を飲むと、ハンフリーは憐れみの目でわたしを見た。
「仕方ないよな、ジェシーは自分の実の姉を舞踏会に呼ばないように仕向けないと誰にも見てもらえないし、結婚相手だって見つけられないもんな。だってその姿じゃあ、どれほど繕ってもナディーンの足元にも及ばないんだからさ、並んだ時点で終わりだよね」
この男はそんな話をして、一体何をしたいのだろう。
何か言いたいことや頼みごとがあるならさっさとすればいいのに。そう思ったものの、わたしはもう色々面倒になってしまい、終わるまで黙り込むことに決めた。
「彼女は本当に素晴らしいよ。姿も、声も、仕草ひとつとっても美しいんだから。どうして君と血のつながりがあるのか理解に苦しむな。だって面白いほど似ていないしね」
言われ慣れたセリフだ。
もう目の前の男を見るのも面倒で、遠くに視線を飛ばす。
「今夜はもしかしたらナディーンと踊れるかもしれないと思って期待して来たのに、君のせいで台無しだ。でも気持ちは分かるから許してやるよ。代わりに、これをナディーンに渡してくれればいい」
何かが差し出されたので仕方なく見やれば、手紙らしい。
これを受け取れば終われると思って手を出した、時だった。
何かが叩かれるような音がして、手紙が宙を舞う。
一瞬何が起こったのかわからずにそれを見ていると、すぐ隣にエリオットが戻っているのに気づいた。
他の令嬢たちからのお誘いがひと段落したらしい。と言うことは、ハンフリーが滔々と語っていたあれを聞かれていたということだ。
なおかつ、ハンフリーの手を払うように叩いたのもまた、エリオットだった。
「ジェシー」
低い声で呼ばれ、わたしは思わず身をすくめて返事した。
「はいっ!」
「何で、何も言わないんですか?」
「へ?」
「あそこまで侮辱されてどうして何も言わないんですか?」
向けられた目に宿る怒りを前に、わたしはとりあえず答えた。
「だって、半分くらいは本当のことですし……」
父の提案で姉をここへ呼ばないようにしたのは事実だ。もちろん、それは混乱を避ける目的があった訳だけれども、エリオットに姉を会わせたくなかったのもまた事実なのだ。
耐えるしかない、そう思ったのだが。
「だからと言って、あんな侮辱を黙って聞いているなんて、しかもこの男なんでしょう? ジェシーを捨てたというのは」
「それは……そうです、けど」
どんどん剣呑さを増していくエリオットに、わたしは狼狽えつつ答える。エリオットは床に落ちてよれてしまった手紙を拾い上げているハンフリーをじっと睨みつけている。彼もそれに気づいたのか、こちらを見た。
目が合うふたり。
最初に口火を切ったのはハンフリーだった。




