10 メイジーの心配ごと
馬車の中で、メイジーと目が合う。
「あの、ジェシー様。少しよろしいですか?」
「どうしたの?」
「いえ、昨晩からご様子がおかしいようですが……大丈夫なのですか?」
そういえば、何やら混乱していたのでメイジーにさえまともに説明をしていない。と言うより、あれを説明することそのものが非常に恥ずかしい。あんなことをどうやって冷静に人に説明すればいい。誰か教えてくれと言いたい。
言ったところで教えてもらえる保証はないですけどね。
とりあえず、言える部分だけは言わないと。
「今のところは大丈夫。昨日、ちゃんと殿下とお話しできたから」
「はい、それは扉の向こうからあのいけ好かない男と盗み聞きをしておりましたので全て承知しております」
「……」
驚くことも出来なかった。
そうですよね。メイジーならその程度のことは造作もなくやってのけますとも。つまりはあの恥ずかしい出来事の全てを聞かれていたということになりますね。説明なんていらないじゃないか!
「私が心配しているのは、殿下のことではありません。そもそもあの方の人となりはバーギン王国にて良く知っております。あの方がジェシー様に無体を働くような方でないことは良く存じ上げておりますから。
そうではなく、こう連日催しに出られることについて、私は心配しているのです。その……他のご令嬢とか、男性の方々です」
「ああ、うん。それも多分大丈夫かな」
陛下の口ぶりから察するに、わたしの役目はエリオットの御相手役。彼の行くところには必ず同席することが求められているのだと思う。
何より、エリオットの態度で将来の妃としてわたしを望んでいるらしいことは陛下もご存じだ。
それを知らしめたいと言う目論見もきっとあると思う。
今までにも他の国の王子や、大貴族や、他国からの賓客の相手を多数させられてきた。そこに他の国との結びつきを得ることで、よりリドルトン王国の発展と平和の維持、有事の際のことも考慮し、より同盟関係を強めたいという思惑が透けるどころか丸見えになっている。
なので、エリオットが常に側にいることになるのだ。
他国の王族が張り付いているときに変なことは出来ないだろう。という訳で素直にそれを伝える。
「だって、わたしの側には常に殿下がいるんだもの。宮廷人として最低限のマナーくらいはわかるでしょうし」
「果たしてそうでしょうか?」
「どうして?」
「今までのことを考えれば、ナディーン様に関わると皆様正気を失われることが多いように思えます。ジェシー様が隣国の大使の御相手役を務められていた時にだってお構いなく寄って来たじゃありませんか!」
確かにそうでした。
わたしは正気を失ったご令嬢の様子を思い出した。
「かといって、ナディーン様を宮廷へ呼んだときの大惨事を繰り返させる訳にも参りませんから。陛下もあれ以来ナディーン様に賓客のお相手をさせることはお控えになられましたし、何より旦那様が全力でお止めになるようになりましたから、今のところ被害はありませんが、あれは大変なことでした」
「ええと、ご令嬢たちが姉様を詰問しようとしたのを止めに入った紳士の皆さんと、ご令嬢たちがその場で乱闘騒ぎを起こした上、誰かが倒れてさらに誰かが倒れて、大量の怪我人を出したあの大惨事のことだよね?」
「はい、ジェシー様が同じ目に合わないとも限りませんから」
ああ、それは確かに心配されるよね。
「わかってる。ご令嬢たちとは距離を置くようにするし、危なくなったら近くの部屋に逃げ込むよ。あと、殿下にも大惨事のことを伝えておかなくちゃね」
「そうして下さい。あのボリスやチャドも心配しておりました。そうそう、昨晩のお話もきちんと伝えておきましたよ。仲直りしましたと教えたらふたりとも喜んでいました」
メイジーがさらりと告げた内容に、わたしは表情筋が凍りついたのがわかった。
――アレを教えたの! イヤァァァァァァ!
内心羞恥で叫び出したくなったがそこはこらえる。しかし、次どんな顔して会えばいいかわからない。きっとニヤニヤしながら良かったですねとか言われるのだ。なんという精神的な苦行。
最早心を無にするしかない。
「ふたりともバーギンから戻るときのジェシー様のご様子を知っておりますから、私に良く聞いてくるんですよ。帰られて以降、あまりお部屋から出ることもなさいませんでしたし」
「ソウデシタネ」
返事しつつ、ここに両親がいなくて良かったと心から思う。ついでにボリスもいなくて良かった。
「本当に、良かったです。殿下には感謝しているんですよ。きっとあの方ならナディーン様を見ても大丈夫だと私は思っています」
「そうかもしれないね」
答えてから、わたしは何となく現実に引き戻されたような気がした。
それでも表明上の笑顔は変えないまま、涙ぐむメイジーを見る。ずっと心配を掛けてしまっているのが心苦しいけれど、ここまで思ってもらえるなんて主としてはただ嬉しいばかりだ。
最初に出会ったときはこんな風ではなく、もっとツンケンしていた。
もっと、いい報告が出来ればいいのに。わたしは少し目を反らして窓の外を見つめる。ほどなくして王宮について車寄せに馬車が停まる。戸が開けられると、わたしは驚いた。
「殿下! どうしてここへ?」
「いえ、待ちきれなくてずっと外を眺めていたらジェシーの馬車が見えたので迎えに来ました。今日も素敵ですね!」
「殿下の方が素敵ですよ?」
そう言えば彼の少し頬が赤くなる。
昨夜と異なり、やや飾り気の少ない礼装姿だが、濃い紫の衣裳がすんなりとなじみ、親しみやすくなっている。
わたしはといえばいつもメイジーに任せきりだが、淡いブルーの動きやすく、かつ動きに合わせてスカートが美しく翻る細身のドレスだ。宝飾品は他の人に引っ掛からないように小さめ控えめにしている代わりに、ドレスはレースや刺繍がふんだんに使われていて豪華だった。
「じゃあ、ふたりともいい出来だということにしておきましょう。はい」
差し出された手を取って降りる。
途端にちらほら集まり出した参加者たちの視線が注がれるのがわかる。その中に、お馴染みの令嬢の顔を見つけ、わたしは口元を引きつらせた。
「どうかしましたか?」
「いいええ、ちょっと知り合いがいたみたいですけど、それより中に入りましょう!」
メイジーと目が合う。
彼女は目線で他にもいるぞと伝えて来ているが、まだエリオットに何も説明していない。
まあ、向こうもエリオットの服装で王族らしきことがわかるはずだから寄って来ないだろう。
しかし、現実と言うものは予想を超えるらしい。
「あら! 二番目のアンダーソン公爵令嬢じゃないの。お久しぶりですわ。ずっとお目にかかりたいと思っていましたのに」
掛けられるはずのない声が、あっさりと掛けられてしまった。




