9 調子はずれな告白
「次に、殿下が花嫁を選ぶ会を開いたなら、必ず参加すると約束します。わたしも、本当はあのままバーギンに残りたかった。もう少し、殿下と一緒にいたかったですから」
そう告げて、エリオットを見れば目を見開いたまま固まっている。
あれ、何かおかしな事を言っただろうか?
「えーと、それはつまり、僕がもしジェシーを選んだ場合、結婚してくれるということで、いいんですよ、ね?」
「もちろんです」
そうはっきり言ったつもりだったのだが。そもそも選考会に参加する時点で未来の王太子妃になるつもりがあるという意思表明をしているのだから、それは当然のことではないのか。
なんとも言えない沈黙が場を包む。
少しして、カップをテーブルに戻したエリオットが大きく嘆息した。
「いえ、何か予想した返事と違っていたので驚いただけです。そうですか、そうですよね、うん、確かにそうだ」
「あのぅ、何かごめんなさい」
「いやいやいやいやいや、ジェシーのせいじゃないです。僕が、ちょっと、言って欲しかったことがあっただけですから」
「何ですか? 言えと言うなら言いますよ。わたしの無礼な発言も流して下さったんですから。何ですか!」
勢い込んで聞けば今度はエリオットが困惑し出す。
何だろうか、顔が赤くなっているように見える。これはダンスの相手役を務めたときにも見たことがあった。つまり、彼は照れているのだ。
「いいです! 無理に言わせても意味がありません。ちゃんと、心からそう思ってもらってからじゃないとダメなんですよ!」
「はあ、心からですか」
「だって、ジェシーはまだ僕に対して好意は持っているんでしょうけど、本気で好きというわけじゃないでしょう?」
確かに言われてみればそうかもしれない。
異性として意識はしているし、彼となら結婚しても全然全く構わないし、触れられてもこれっぽっちも嫌じゃない。一緒にいても苦痛ではないので、結婚生活もきっと幸せだろうな、くらいのことは考えているが、きっとそういうことじゃないのだ。ないのだろうが、そこまでの激しい感情を誰かに対して抱いたことはないので、良くわからない。
なので、返事もどうしてもそういうものになってしまう。
「でも、ちゃんと男性として好きは好きですよ?」
「うん、そうだと思ってた」
やや肩を落とした様子の彼に、わたしはただ首を傾げるばかり。
「まあ、今夜はそれでもいいです。きちんと返事は聞けましたから、また明日もありますし、その内にバーギンにも来て貰いますから!」
「はい、楽しみですね。港も見そびれましたし、まだ食べたかったものもあったんです。一緒に食べてくださいますか?」
「当たり前じゃないですか。僕だって、見せたい場所がまだあったのに、帰ってしまうから……」
少し拗ねるように口を尖らせたエリオット。そんな風にしているとまだ少年みたいだ。その様子が可愛らしいのと、もしかしたらまだバーギン王国へ行けるかもしれないという期待で笑ってしまう。
「本当にごめんなさい」
「悪いと思っていないように見えますよ」
そんな事はない、と言おうとしたがその前にエリオットが接近してきて、頬に何か柔らかなものが当たる感触があった。気づくと眼前で綺麗な顔がニヤリと笑っている。
「仕返しです。口はちゃんと許可を貰わないといけませんけど、頬なら別に平気ですよね?」
――こ、小悪魔!
頬を手で押さえ、口を馬鹿みたいに開けて硬直するわたしをエリオットは満足そうに見て、席に戻ると何事も無かったかのようにお茶を啜り出した。こんなこと、今まで異性の誰にもされたことがない。
しかも、軽い挨拶のそれではない。
「ジェシー、ありがとう。今日は話せて良かったです。また明日からよろしくお願いしますね」
「は、はい」
いつもならもっとはっきりと答えるのに、動揺してうまく言えなかった。何だか、彼に対する見方が変わって来つつあるようだ。根の部分は変わらないけれど、親しい人間にしか見せない姿が垣間見れたような気がするのだ。
何はともあれ、今夜はこれで帰らなくては。
催しはまだ続くのだから。
わたしはぎくしゃくしつつエリオットに別れの挨拶をして部屋を退出した。それからメイジーに不審がられながらも両親と合流して、とりあえずは何とか公爵家に帰った。
帰り着いても何か聞きたそうなメイジーだったけれど、今はちょっと考えがまとまりそうもなかったので、落ち着いたら話すから待って欲しいと言ったら納得してくれた。
明日は舞踏会だ。
ちゃんと眠らないと、と思うのに、目が冴える。
――頑張れ、わたし!
そうして夜は更け、また朝が来たのだった。
◇
朝は完全に寝過ごした。
メイジーが起こしに来てくれたが、うぅうぅ呻くばかりのわたしに気を使ってそのままにしておいてくれた。
舞踏会は夕方からなので、その前にちゃんと食事を摂って行く。
果たして身が持つのか。本当にエリオットを姉に会わせずに済むのだろうか。などなど色々な心配ごとで妙に疲れる。
とにかく食べて、休める時には休もう。そう決めて、舞踏会までの時間を過ごしていると、あっという間に身繕いをする時間になってしまった。
今日も振り回されるのだろうかと考えつつ、わたしは大人しくメイジーと小間使いたちに囲まれる。
何はともあれ、以前バーギンで着たような露出の多いドレスでない事が救いかな、とぼんやり思いながら、身支度を終える。
そして、王宮へ行く時間になった。
外へ出ると相変わらずナディーン姉様の住む別館には求婚者たちが来訪している。その中に、かつてわたしを捨てた男もいるのだ。
わたしは小さく嘆息し、気持ちを切り替える。
もう終わったこと。
終わったことなのだ。
そう言いきかせ、わたしはまた馬車へ乗り込む。今日はわたしだけが呼ばれていた。何より、両親はもう年齢的に舞踏会とか無理、と言っていたので仕方がない。
わたしはメイジーやボリス、他使用人らと共に馬車へ乗り込み、王宮へと向かったのだった。




