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8 正直に


 全てをさらけ出すのは勇気がいる。

 何より、もしも話してエリオットがナディーン姉様に興味を持ったらそこで全てが終わるかもしれない。

 だからと言って、ただ言いたくない、言えないでは彼は納得しないだろう。何より、そんな卑怯な人間として、エリオットに向き合うのは嫌だと感じた。


 閉じていた目を開けて、わたしは口を開いた。


「理由を、お教えすればわたしの願いを叶えて下さいますか?」


「願い? ですか……それはまあ、僕に出来ることなら」


「出来ます。でも、その前に理由をお教えしなければなりませんよね」


 口からため息が零れ落ちる。

 こんな恥さらしなことは言いたくないが、わざわざ隣の国まで来てくれた彼に対して、わたしが出来る事といったらそれくらいだ。


「以前にお話しした、婚約破棄について覚えていますか?」


「あぁ、ええと、確かジェシーのお姉さんを好きになったので別れてくれと言われたんでしたよね。ついでに容姿までけなしたとか」


 ちゃんと覚えていてくれたらしい。

 わたしは頷いた。


「その時に、わたしの姉は凄い美人だと話したでしょう。実際、毎日のように求婚者が家に来るの。今まで姉様を目にして、恋せずに済んだ男性は数えるほどしか知らないんです」


「そうなんですか、それは凄いですね」


 まるで、それが一体何なのだろうと言いたげなエリオットに対し、わたしは今まで口にしたくとも出来なかったことを告げた。


「凄いんですよ。ですから、姉に会わないで欲しいんです」


「え?」


「あなたに、姉に会って欲しくないんです」


 言って、俯く。

 こんなことを頼むことになるなんて、思わなかった。顔を見られたくなくて、そのまま床を凝視する。すると、扉がノックされて誰かが入って来た。


「お茶をお持ちしましたよ~、って取り込み中?」


「うん、今はちょっと」


「じゃあ、これ置いていくんで」


 軽い声音はポールのもののようだ。

 目の前のテーブルにカップが二つ並べられる。それが済めばすぐに彼は退出し、扉が閉まった。

 その場に気まずい沈黙が流れる。


 流れてくるお茶からはハーブの香りが漂い、重苦しい空気が少しだけ爽やかなものになったような気がした。


「……会わなければいい、と言うことは、ジェシーは僕があなたのお姉さんに会えば、恋に落ちると考えているということになりますよね?」


 静かだが、断固とした問い掛け。


「そうならないとは、信じることが出来ません」


 ボリスの例もある。

 他にも単に美人だなと評して終わった例もある。ただ、彼らは他に好きな女性がいたり、愛する恋人がいたり、溺愛する妻がいたりする場合がほとんどだった。


「なるほど。じゃあ、会わないと約束するなら、気持ちを聞かせてくれるということですね」


「はい、そうです」


 陶器が微かにぶつかる小さな音がする。

 壁の向こうから、食後のダンスをする曲が聞こえ出した。


「じゃあそうします。僕はこの国にいる間はこの宮殿に部屋を貰っているので、連れて来ないようにしてくれれば会わずとも済みますし」


 あっさりと返って来た返事に、わたしはびっくりして顔を上げた。

 こんな馬鹿げたことを聞いてくれるなんて思っていなかったのに。何より、あなたのことを信じていないと言外に言ったも同然なのに。とんでもなく、失礼なことを言ったはずなのに!


「どうして……?」


「どうしても、僕はジェシーの返事が聞きたい。その上で、信用してもらいたんです。今まで、散々裏切られてきたんでしょう?」


 その質問に押し黙ると、エリオットは柔らかく笑んだ。


「だから、すぐに信じろって言ったって無理です。僕だってまだポールを信用してませんしね。彼は僕にとって兄のような存在でしたけど、流石に殺されかけましたから、すぐには無理です。それと同じことですよ」


「で、でも、気になるんじゃありませんか?」


 美人美人とやたらと耳にしたはずだ。

 わたしだって言った。きっと陛下や他の貴族からも聞いている。ひと目見てみたいと思うのは仕方ないことだと思う。


「そりゃあ気になりますけど、もっと気になることがありますから」


 カップからお茶を啜り、エリオットはさらに笑みを深くした。


「ですから、教えてください」


 逃げられない。

 後戻りできない。完全に追い詰められたような気がする。確かに、わたしから言った事ではあるけれど、何だかうまく使われたような気さえしてきた。薄暗さも手伝って、こちらに注がれる紫瞳が少し怖い。


 ――何だか、罠にかけられた気分だけど……。


「わかりました」


 その前に、からからに口が乾いている。

 大事な事を言うのだ。ひび割れた声で言いたくない。

 わたしは置かれたカップを手にして、優しい甘みのお茶を口に含む。それを飲み込んで、小さく息をつく。


 確か、あの時最後に訊ねられたのは、次に花嫁選考会を開催したら参加して欲しいがどうか、というものであったと思う。

 それに対する返事は――当然、決まっていた。


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