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7 その真っ直ぐさが


 ナプキンで口元を綺麗にしつつ時間稼ぎをし、気持ちを整えてから、わたしは微笑んでみせた。


「もちろんです。また殿下とお話する機会が頂けるなど思いもしておらず、わたしとしても嬉しく思っております。陛下、有難うございます」


 ぬぅ、心にもないことをすらすらと語れてしまう己の口が恨めしい。


「はっはっは、何、互いのためでもあるからな。しかし、姉ではなく妹をお選びになるとは。いや、余計なことですな」


「そうですとも! 殿下のように国を背負われる方はやはりお目が高い。我が娘ながらとても出来が良いのがこのジェシーなのですからな」


「ああ、確かにその通りだな。うん、エリオット王子は人を見る目がお有りのようですな」


 陛下と父が互いに何かの応酬をし、次いではっはっはと笑い出す。しばらく場はふたりの謎のはっはっはしか聞こえなくなった。

 やがて、陛下は謎の咳払いをし、話題を変える。


 それはわたしには少し難しい経済にまつわる話だった。


 ――それにしても、今のやり取りで一体何があったんだろ。


 たったあれだけの言葉で、陛下と父は何かを語り合ったようだ。ふたりは従兄弟にあたり、良く一緒に過ごしたと言うから何かわたしの知らない合図みたいなものが飛び交っていたのだろう。

 そうだよ、そうに違いない。


 わからないのでそう決めつけてから、さてどうしたものかと悩む。


 どうも晩餐が終わったら強制的にふたりきりにされる模様。人目はあるけどふたりきりなのだ。そうなったら、もう決まっている。

 わたしは小さくため息をついた。


 一体どうすれば、このままエリオットを姉に会わせずに済むのか。もしかしたら、そんなことは不可能なのかもしれない。

 もしもそうなったら、もう社交界に出ないで別荘に籠ろう。

 もう隠居しよう。

 畑でも耕して、貴族社会から距離を置けばいいじゃないか。


 ぐるぐるとそんなことを考えているうちに、晩餐はあっさりと終わってしまった。下げられて行く料理たちを眺めながら知らず手をきつく握っていた。そこへ、優しげだが断固とした声が掛けられた。


「お久しぶりですね、ジェシー」


 よくびくっとならないで済んだものだと思う。

 のろのろと顔を上げれば、宝石のような紫の瞳がこちらを見下ろしていた。いつもは明るい色なのに、今夜に至ってはほの暗く光っているように見えて喉を鳴らしてしまう。


「あちらの部屋を使っていいそうですよ。後でお茶も持って来てくれるらしいです」


 答えあぐねているわたしが返事をするより先にポールが北側の部屋へ続く廊下を指して言った。それにエリオットは頷いて、わたしの手の甲に手を重ねてきた。


「行きましょうか?」


「……はい」


 エリオットの声は変わらず優しい。

 優しいのに、有無を言わせないものを感じて、わたしは手を引かれるまま連れて行かれる。すぐに部屋の前につくと、エリオットが言った。


「君たちはここで待ってて」


「はいはーい」


「……わかりました」


 ポールの軽い返事と不安げなメイジーの返事が聞こえたが、そちらに目を向ける余裕すらない。

 わたしは引っ張られるまま部屋に入り、扉が閉まるのを呆然と見た。やがて手が離されて、エリオットが接近してくる。反射的に後ずさりかけて、すぐに壁に行き当たった。


「逃げないで下さいよ。何もしませんから」


「う、うん。ごめんなさい」


「謝ることでもないです。ええと、とりあえず座りませんか?」


 怯えてしまったことでエリオットも少し反省したのか、距離をとって椅子を示してくれた。

 どの道話をしないとならないので、ここは素直に従う。

 すると、エリオットはすぐ対面の椅子を選んだ。

 そこから向けられる眼差しが痛い。


 部屋の中は薄暗く、高級なろうそくが何本か灯されているだけだ。その甘い香りとやや暗く光る紫の瞳とが相まって、恐ろしい色香があった。

 わたしには絶対に出せないようなこの雰囲気に、小さく震えが起こる。


「そんな顔しないで下さい。何も取って食う訳じゃないんです。それに、勝手に追いかけて来てしまって、僕の方こそすみません」


「そんなこと、ないです。わたしが何も言わなかったからいけないんですから。ちゃんと、説明するべきだってわかっていたのに、出来なかったから。でも、追いかけてくるとは思いませんでした」


 そこで少し苦笑が出る。

 そう、最初は衝撃で混乱していたけれど、一番はそれだ。確かにエリオットはわたしを好きだと言ってくれたが、追いかけてくるほどという認識は無かった。

 ただ、初めて男扱いされて嬉しかったから、それが理由だろうと思っていた。これからはそんな女性は有象無象と出てくるだろうし、王子としての責務もある。だから、来るなんて微塵も考えなかった。


「そうですよね。ポールに言われました。逃げるように帰るからには理由があるんだからそっとしておけって。でも、それじゃあ嫌だったんですよ。ちゃんと理由を知ってからじゃないと、納得出来ない。

 それくらい、ジェシーが必要なんです」


 ここまでのことを言われたことは無かった。

 何より、誰かにここまで好かれたことがない。男性の視線は全て姉が吸い寄せてしまうからか、友人扱いはされても恋人扱いをされたことは無かった。


 ――きちんと、向き合うべきだ。


 わたしは一旦目を閉じて、どう告げるべきか考えた。



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