6 再会しました
今宵は宮廷の貴族と一部の大貴族を招いた晩餐会。
翌日以降は三日ぶっ通しで舞踏会だそうだ。
正直、一体どこにそれだけのことをやれるお金があるのやらと不思議になるが、一応体面を保つには大切なのだそうな。
何はともあれ、中世の城をそのまま王宮に改装していたバーギン王国とは全く異なる華やかさの象徴みたいな白亜の王宮につく。
馬車が車寄せに停まれば、他の大貴族もちらほら姿を見せている。
最早慣れたもので、連れて来た使用人たちはテキパキとやるべきことをやり、わたしたちは彼らと別れて正面玄関から中へと入る。
ただし、世話を焼いてくれる使用人を連れて行くのは許されていたので、わたしはメイジーを連れ、父と母もそれぞれひとりづつ連れて歩く。
そこから晩餐が行われるという大きな広間へ向かうのだ。
王宮にはそういった大きなイベントを行うための広間が幾つかあり、特に贅が凝らされている。
例えば、有名画家にデザインを依頼して大勢の職人で仕上げた美しき天井画。壁には特注の壁紙。
大広間へ向かうまでに通る廊下や準備が整うまで待つための部屋に飾られる調度は東の国から輸入したものやら、ここより南のエキゾチックな国から持って来させたものやら、戦争した時の戦利品やらが磨き抜かれて飾られている。敷かれている絨毯だって手織りのものだ。
うっかり壊そうものなら文字通り首が飛ぶ可能性もなくはない。それらを優雅に避けて、避けて、避けまくりつつも優雅な所作を失わないためには細心の注意と日々の慣れがものをいう。
庶民は庶民で日々諸々と何かと戦っているのだろう。だが、貴族は貴族で日々物理的に首が飛ぶ危険と戦っているのだ。
などと久々に来た煌びやか過ぎて頭の痛くなりそうな光景を眺めながら進めば、すぐに晩餐のための大広間に到着。
顔を出せばすでに席についている面々が目に入る。
そこに、見慣れた柔らかな亜麻色の髪と、一緒にいるとは思わなかった赤い髪を見つけて息を飲む。
エリオットとポールだった。
なぜポールがいるのだろうという疑問も浮かんだものの、服装からして護衛役兼従者なのだろう。
わたしはとりあえずそちらを見ないようにしつつ、案内されるまま席へつく。
巨大な長テーブルを五つほど並べた上には花が飾られ、最初の料理がすでに供されている。
いつもなら少し遠慮気味に食べないとと気をつける程度だが、今日に至ってはそもそも喉を通るのか怪しい。
なぜなら向こうから突き刺さるような視線を感じる。
しかも案内された席が結構近い。
ほとんど対面。
いや、まあ実際に対面しているのはわたしの父なんですけど、それはつまり、それだけしか離れていないということでもある。
うう、これがしばらく続くのか。
なんてこった。
「ジェシー様、大丈夫ですか?」
囁くような声で訊ねてきたメイジー。
「うん、大丈夫」
と答えはしたものの、あんまり大丈夫じゃない気がしていた。
そうこうしている内に席が埋まり、国王陛下が口上を述べ始める。それを聞いてから拍手を送り、まずは食前の祈りを捧げてから前菜に取り掛かるわけだ。
後ろからメイジーが綺麗に取り分けてくれる。
慣れたもので、素早く済ませてくれた。
しかも少なめにしてくれているあたり、恐ろしいほどの配慮が行き届いている。後で感謝しなければ、と思いつつ小さな野鳥の肉と茹でた野菜を組み合わせて特別なソースで頂く。
続いて根菜を煮込んで漉したとろみのある優しいスープだ。
わたしの胃にも優しい。
スープ類だけでも四種類あるが、これを選んでもらって大正解。
舌鼓を打ちつつ、少しだけ視線を上げる。
――うっ!
しっかり目が合ってしまった。
しかも何やら嬉しそうに見ている。これは、いつも食事の席でエリオットがわたしに向けていたものだ。
もの凄く気まずい。
お願いだからそんなにこちらばかりに気を向けないで欲しい。
すると、国王陛下が話をし出してくれたので、エリオットの気がそれる。その時に、今度は給仕役に徹していたポールと目が合う。何やらウインクを返してきたが、意味不明なのでスルー。
その時、後ろからごくごく小さい舌打ちが聞こえた。
メイジーだろう。
どうやら未だにポールに対して敵意を燃やしているらしい。
あの時はあくまでもダスティンに接近するためにああいうクソ男を演じていただけらしいので、わたしはもう許しているけれど、メイジーにはまだ許せないようだ。
やがて、主菜が来ると陛下の話がこちらへ飛び火した。
「それにしても、わざわざ我が国へ来られるとは、やはりアンダーソン公爵令嬢に会いたかったのですな」
「はい、こちらの事情で帰らせることになり、申し訳ないと思っていたのです。落ち着いたら、もう一度いらして頂きたいと願っていまして、陛下にもお口添え頂ければ嬉しいのですが」
「っ!」
良くこらえたわたし。
良く噴き出さなかった。食べていたのがお肉で良かった。スープやジュースだったら危険だったかもしれない。急いでナプキンを口に当てる。
「そうですな。こちらとしても是非、そのように計らって頂きたいものですよ。貴国との関係性を深める良き機会だ。長らく友好国であったが、もっと親密に結びつくことが出来れば、互いに良き影響がありましょう」
「はい、きっと!」
「と、いう訳だアンダーソン公爵」
「はい。私にとっても願ってもないお話です。食事の後、殿下と娘には是非ゆっくりと話す時間を頂ければ光栄ですな」
父はそう答えるとわたしを凄まじい目で見てきた。
わかっているな?
アレはそう言っている目だ。
これには逆らえない。
逆らったら公爵家が取り潰される!
わたしに選択の余地は一切残されていなかった。




