5 晩餐会へ
その日の晩餐にて、ようやく部屋からノソノソとわたしが出てきたことを聞きつけたらしいナディーン姉様も同席すると言ったそうだが、父がまだ病み上がりだから来ないでくれと頼んでくれたらしい。
おかげで、安心してケーキを楽しむことが出来た。
トラヴィスは明日にも学校に戻るとのことで、ゆったりと会話を楽しんで晩餐は終わった。
久しぶりに家での食事を楽しんだが、一週間後のことで頭が痛い。
これから毎日そのことで悩むのだと思うと辛いけれど、こればかりは仕方がない。ただ、ナディーン姉様が来ない事だけが救いだ。
とにかく、当たって砕けろ、だ。
わたしは呪文のようになるようになるさと繰り返しつつ、一週間を耐え忍んだのだった。
◇
そして当日。
「ああ、もう来ちゃった」
朝の光を見た第一声が呻き声と共に飛び出る。
今までも別に行きたくなかったし、今後も挨拶さえ済ませばそれでいいと思っていたが、わたしは己が身に流れるというリドルトン王家の血が恨めしくなった。
これがただの貴族令嬢ならばこんな目に合わずとも済むし、行きたくなければゴネて行かないでもいい。
ようするに王女代わりな訳だが、是非ともいなくてはならない理由など本来ならないはずだ。
「きっと怒ってるだろうし」
一応バーギン王国の皆々様にはきちんとした形でお別れしてきたが、約一名おざなりにした人間がいる。エリオットだ。本当ならばちゃんと返事をして、お断りしてくれば良かったのに、出来なかった自分が恨めしい。
顔を見るのもちょっと辛かったのだ。
「うぅ、行きたくないよう」
もう一度ベッドにもぐり込み、むうむう唸っていると、控えめなノックの後で扉が開けられ、カーテンが容赦なく引かれる音がした。次いで掛布を引きはがされる。
「おはようございます。ジェシー様」
「お、おはよう」
「本日は王宮へ参る日ですね」
「そうですね」
あんまり元気がないわたしに、メイジーは少し困ったような顔をした。
「もう少しお部屋で休まれますか? よろしければ朝食をここまでお持ちいたしますが?」
「ううん、起きるよ」
「では、ドレスをお持ちいたしますね」
そう言って、すでに用意されていた昼用ドレスを手にして戻ってくるメイジー。それを目にして、わたしはベッドから出る。
とにかく、覚悟を決めるしかない。
今までと同じだ。
パーティに行くときはいつも頭が痛いけれど、今回はとびきりだ。
ついでに胸まで痛い。だけど、逃げる訳には行かない。
脳裏に、王家から嫁してきた祖母の姿が浮かぶ。
上に立つ人間はかくあるべし、と色々語ってくれた祖母。あの凛とした姿は子ども心にも格好いいと感じたものだ。
ああはなれないが、ああいうひとを目指したいと思ってはいる。
わたしは窓の外を眺め、心の中で「よし」と気合を入れた。
◇
そうして夜。
メイジーとお喋り小間使いたちの手により飾り立てられわたしは、鏡に映った自分を見た。化粧と言うのは驚くべきものだ。
冴えない顔が少しは映えて見える。
柔らかな朱色のドレスに、ウェーヴを作った髪を結いあげ、服に合った髪飾りとのネックレスなどの宝飾品を飾れば、まあまあ見栄えがする。
「公爵閣下と奥様はすでに階下でお待ちです」
「すぐに行くと伝えて」
小間使いにそう命じると、最後にもうひと確認。
「よし」
小さく気合を入れ直して階下へ向かい、両親と合流。
事前の話通り、ナディーン姉様はいない。こっそり行っているということも多分ないはずだ。姉様が父に逆らうところは見たことがない。
馬車へ乗り込む際にはチャドが心配そうにこちらを見ていた。彼も話を聞いているらしい。わたしは大丈夫だと頷いてから乗り込む。この馬車に乗るのはわたしたち親子だけだが、一応護衛兼荷物運びの従僕やら、着替えが必要になった時の小間使いが乗り込んだ馬車が後につづく。
夜の街を、馬車が進む。
何となくバーギンでの夜を思い出した。
あの時はまるで自分が英雄にでもなったような気分で乗り込んだものだけど、今回は違う。
裁判にでもかけられるような心境、といえばそれが一番近いだろう。
――形式的な挨拶だけ、じゃあ終わらないだろうしなぁ。
きっと、聞かれる。
あの時の返事を。
ものすごーく気が重い。
――もしも、わたしがこの家に生まれたのでなければ……きっと一も二もなく受けていただろうな。
窓の外を眺めながら思うのだ。
あの柔らかな色合いの髪を、光を受けた時の淡い紫の瞳が煌めく様を、上気した頬を。自分より遥かに可愛らしいのに、手は男性のそれであるということを。
体格はほとんど同じなのに、力では全くかなわなかった時に、ああ、男の人なんだと感じてしまったことを。
――あの瞳が、もしも姉様に向けられたら……。
心臓が痛い。
このまま、姉様に会うことなく国に帰って貰えれば、それが一番なのだ。それが可能かどうかは、今夜で決まる。
今夜で、わたしの運命が決まるのだ。




