4 父の叫び
そこに書かれていたのは、バーギン王国へ行ってくれたことに対する労いとして晩餐会へ招待するという内容だった。開催日は一週間後。
それだけならまあいい。
それだけであるなら、いつものように身支度を整えて家族と一緒に向かうだけだが、素晴らしいゲストが来るという。王女がいないリドルトン王国なので、時々こうして呼び出されてはゲストの相手役をつとめさせられることがある。
それもまあいい。
いつも通りだ。
しかし、今回は違った。
よりにもよってバーギン王国の王太子が来ると書かれているではないか。
王太子。
つまりエリオット!
会わなくて済むよう、逃げるように国へ帰って来たと言うのに。
どうして、わざわざ、向こうが、こっちへ、来るんだ!
何だかめまいがしてきた。
「あの、なぜわたしを選ばなかった王太子殿下がわざわざ来られるのでしょうか?」
「自分の国の事情で仕方なく帰らせたが、やはりきちんと謝罪してもう一度選考会に来て欲しいそうだ。どうやら気に入られたな」
淡々と説明してくれる父に、わたしはため息をつく。
「招待されているのはわたしだけですか? それとも我が家全員なんですか?」
「全員だな。ようするに、まだナディーンが問題になるな」
「待ってください、あの、姉様はリドルトンの第二王子様と内緒でお付き合いしてますよね。向こうからそろそろ婚約したらどうかってお話もありましたよね。もしも、バーギンの王太子が姉様を欲しいと言い出したらどうするつもりですか!」
叫びたいのをこらえて訊ねれば、父はあっけらかんと言った。
「だから、ナディーンは留守番だ」
ごく当然のような口ぶりに、わたしは気が抜けた。
そんなわたしの考えを読んだのか、父はため息をつくと何やら鬱屈を晴らすようにつらつらと言葉を並べ始めた。
「でなければとんでもないことになるのは火を見るより明らかじゃないか。お前よりあの子の事は知っている……可愛い娘だが、正直自分の娘なのかと常々疑っている。妖精のいたずらで誰かと取り替えられたんじゃないかとか、はたまた悪魔が孕ませた子なんじゃないか、などといらんことばかり考えさせられる。
きっとアレだ、我が家の血じゃない、王家の血だ。そうとしか考えられん。どこかにああいうのがいたんだ。その先祖返りか何かだ。こんなただ真面目で忠実なだけしか取り柄のない公爵家からあんな規格外が生まれる訳がないんだ。大体私は妻のことを信じている。だからそうなんだ。絶対に何が何でもそうなんだ。そう決めた。私は決めたのだ!
お前は完璧に私の娘だと確信が持てるが、あの子のことは良くわからん。父の私でもわからん。最早人間なのかもわからん。わからんのでわからんなりにああいう生き物だと思って接している!」
あいづちを打つ間も与えない勢いで言い切った父の混乱した姿に、わたしは言葉が出なくなった。
「そんな訳で、連れて行くのはお前と妻だけだ。トラヴィスは学校があるからな、そこは王妃様にも了解を得ている」
「ええと、良かったです」
「ついでに殿下が来られるということで、歓迎のための舞踏会も日をずらして開催するそうだ。大変だろうが、殿下のお相手をつとめるのはお前になるだろう。心配はしていないが、それでも気をつけるんだぞ」
「わ、わかりました」
そう答えたものの、わたしは叫び出したい気分だった。
これで姉による騒動は起こらないかもしれないが、舞踏会も開かれるということは、他の貴族たちも呼ばれているということ。つまり、ナディーン姉様に恨みを持つ令嬢たちもいるということだ。
彼女たちは直接姉には言えないからか、わたしに対して愚痴をぶちまけまくってくる。
代わりに言ってくれ伝えてくれと懇願されることはむしろ日常茶飯事である。
一番縮み上がったのは東洋に伝わる呪術の道具を見せられて、髪の毛一本ちょうだいとせがまれたときだ。
もちろん、わたしの髪の毛をくれと言ったのではない。そのひとは姉の髪の毛をくれと言ったのだ。さらに、彼女の手には禍々しさ満点の藁でつくられたヒトガタのようなモノが握られていた。
さすがにそこにいた皆で止めた。
でもきっと誰かは陰で呪ってると思う。
まさに、今、この時にもきっと。
うああ、コワイコワイ。
だけどナディーン姉様には神父様がついている。信奉者の中に何人かいるのを見た。彼らが熱心に呪い避けを置いて行ってくれてたから、今のところ何も起こっていない。
これからも大丈夫だろう。
「よし。何にしても、向こうと仲良く出来そうなのはいいことだな。お前の結婚相手はこの国では見つかりそうもないし、バーギンとは友好国だから、王太子殿下と話がまとまらずとも、上手くすれば誰かと懇意になれる機会も得られるだろう。
前回はだめだったが、次にバーギンへ行く機会が得られれば何とかなるかもしれない。お前には多くの得手不得手があるが、人格の部分では誰より優れていると確信している。まだ、諦めるのは早いぞ」
「……期待しないで下さいよ」
「そうか。まあ、トラヴィスもお前を不憫がって一生の面倒を見ると言ってくれているから、生活の心配はしないでいいが、父としては伴侶を得て欲しいと思っているんだよ」
父は言いたいことを吐き出してスッキリしたのか、いつもの穏やかな表情に戻るとそう言った。
「そのお気持ちだけで嬉しいです。でも結局、全てはなるようにしかなりません」
今までの経験を踏まえてそう言えば、父は少し寂しそうな顔をした。
「そうか。とりあえず、要件は伝えた。くれぐれもこのことはナディーンに言わないように。使用人にも徹底させてあるが、どこから漏れるかわからんからな」
「そうですね」
害意や悪意がなくても、結果が最悪極まる事態に陥るなんてことが意外とあったりもするのだ。
わたしは強く頷いたものの、心の中ではバレるかもしれないなと思っていた。
人の口に戸は立てられぬと聞いたことがある。
半ば諦めにも似た思いで、わたしは父のいる書斎を後にして、メイジーと共に部屋へと戻ったのだった。




