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2 食い気で釣られ


「あら、トラヴィスが先に来ていたのね。良かったわ……今さっき、小間使いたちがジェシーに外出着を着せてきたって聞いて、本当に大丈夫か見に来たのよ!」


 そう言いつつ部屋に入り、直ぐ近くの椅子に掛ける母。


「大丈夫だよ。僕も今日ちゃんと見て死んだ顔じゃなくなっていることに気づいたから。それに良く考えてみればさ、バーギン王国の王太子殿下もさすがに死んだ顔の姉さんでは王太子妃は務まらないと踏んだから落選させたんだと思うんだ。決して、姉さんに魅力が無いからとかそういう理由じゃあないよ。だって、ジェシー姉さんは色々優秀なんだからさ!」


「まあ、ナディーンではなくてガッカリなさった上に死んだ顔をした娘が来たのではね。仕方ないわよ、ね?」


 ね? と申されましても、悪意が無いからって何言ってもいいとか思うなよ。それで慰めてるんだったらわたしはもう一度ベッドにダイヴして引きこもるわ。


 しかし、段々わたしの目つきが険しくなってきたのを察し、母は今思い出したかのように言った。


「それにね、外出が出来るほど回復したって聞いたから、貴女の大好きなケーキを料理人に注文してきたわよ。もう、しばらくは好き放題食べて頂戴。貴女は食べることが大好きですもの……だから皆に相談してね、美味しいものを集めさせているのよ」


「それは、ありがとう」


「そうか! 気づいたぞ。バーギン王国と言えば魚介類の料理で有名じゃないか。きっとそれだ! それのおかげで死んだ顔が治ったんだ。良かったね、ジェシー姉さん」


「ああ、うん、美味しかったよ」


 それに関しては間違いなく頷ける。

 しかし今は死んだ顔が気になってしまってあまり思い出せない。あんなに美味しかったのに。おかしいな。とは言え、少しはエリオットの記憶も薄らいだので良しとする。


「でしょう。でもリドルトン王国には素晴らしい肉料理があるし、美味しくて美しいデザートもあるわ! そうだ、美食家で有名な侯爵が今度のガーデンパーティにいらして下さるそうなの。そこで色々とお話すればいいわよ。あの方の著作、好きでしょう?」


「え、それ本当!」


 流石のわたしもそれには食いついた。

 イーモン・クイターネ・オールディス侯爵閣下。日頃から美食を求めて各地を回り、大貴族ながらブルジョワに成りすまして夜には酒場に出没し、各地の美味に舌鼓を打ちながら本を書いておられるあの御方!

 彼の書いた本は全て揃えている。


 いつかあの本のあのページに書かれていたアレを食してみたいと妄想することで毒舌地獄を生き抜いてきたのだ。

 そう、彼はどんな美女よりも美酒を愛し、美食を愛する御方。

 そのために、かつては見目麗しいお姿だったはずが、食に身を捧げた人間がなるべくしてなる体型に身をやつしておられるのだ。なんと素晴らしい。美食の神!


「ありがとう! 何て素晴らしいお母様! でもあのお方を招くのなら食材を吟味しないと。早速明日から領地を回ってくる!」


「あらあら、まだ夏まで時間があるわよ。ゆっくりでいいの、ね?」


「そうだよ。僕もそれとなく探っておくからさ。ゆっくりと傷を癒すべきだよ、今は。だって顔が死んでたんだから」


 いいよ、思い出させてくれなくても。

 少し忘れかけていたのに。


「そうですね。まずは本日のディナーを楽しむために、少し運動なさったらいかがですか?」


「うん、そうする」


「馬車旅だとどうしてもお酔いになられてしまうので、一時的に死んだ顔にお戻りになられましたから。その際にはお食事は喉を通られませんでしたし、しばらくは日常を満喫して頂きたいのです」


「ええ! それがいいわ!」


「うん、僕も賛成。ああ、散歩はいいけど、でも隣には行っちゃだめだよ。あそこにはあいつが来ているからさ……また死んだ顔になられたら嫌だから追い返してたんだけど、それでも時々来ちゃうんだ」


「え、あいつって、まさか」


 トラヴィスの口から急に出てきた不穏な単語に、わたしはそれまでの高揚した気分が一気にしぼんだような気がした。


「そう、ハンフリー・ニール・アッテンボロー。他にも大勢押しかけてきているけど、ナディーン姉さんはいつものように、特に相手にはしてないみたいだけどね」


「そっか、そうだよね」


 日頃から見慣れた光景のひとつ。

 大量の男性が朝から押しかけてくるという異常事態。

 いや、ここでは日常風景になっているけれども。


「大丈夫です。私がジェシー様の視界にヤツをカケラも入れさせませんので、ご安心下さい」


「いつもながら助かるわぁ。それじゃあ、また後でね!」


「そろそろ僕も行くね。せっかくジェシー姉さんが散策する気になってくれたのに邪魔しちゃ悪いもの。じゃあ、メイジー、散策の際にはくれぐれも気をつけて」


「はい、お任せください」


 母と弟が同時に退室。

 それと同時にメイジーの無言の圧力。すっかり外出する気も失せ切っていたわたしだったが、確かに運動不足過ぎるという自覚はある。

 面倒だなぁ、と思いつつ重い腰を上げると、メイジーが扉を開いて待ってくれていた。


「ありがとう、でも最初だし短めにするからね」


「はい、心得ております。ですが、畑の方には行かれますでしょう?」


「もちろん。庭師ともお話したいから」


 そう答えると、わたしは扉の外へと一歩を踏み出した。



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