33 謁見しました
色々あってから三日経った。
きちんと服装を整え、わたしが向かったのは屋敷の中でも上等の客間だ。本当を言うと、わたしが行くにはまだ早いんじゃないかなと思ったが、向こうが呼んでいるというのだから、行かない訳にはいかない。
だって、わたしを呼んでいるのはこの国の国王と王妃様なのだから。
ただ、なぜわたしに会いたいのかはよくわからない。
とりあえず、リドルトン王国の公爵令嬢だからということと、救出に協力したことに対するなにがしかだとは思う。
どちらにせよ、緊張するのは確かだ。
何より、わたしが慣れていないのが一番困る。いくらリドルトン王国の王家と血縁があるとはいっても、年に一、二回挨拶する程度だ。姉様はもう少し会っていると思うが、王宮自体が行きたくない場所なので、気づいたらそうなっていたのである。
やがて護衛の兵士が立っている部屋が見える。
――あそこだ。
案内されるまま部屋の前へ。
今日はひとり、エリオットもメイジーもいない。
大体、あれ以降まともにエリオットの顔が見られなくなってしまったので、今日もあんまりちゃんと喋っていない。
答えは決まっているのに、その決まったことを口にするのが怖いのだ。
ぎりぎりになってきっと後悔すると思う。
それでも、言う勇気は出ない。
彼はきっと部屋の中にいるだろう。そう思えば鼓動が早くなる気がする。落ち着けと言い聞かせ、わからないように息をつく。
すると、案内してくれた使用人が扉をノックした。中から返事があり、扉が開かれる。目に飛び込んで来たのは、明るい内装の部屋だった。わたしに与えられている部屋より大きく、凝った調度が適度に並んでいる。窓も大きく、圧迫感の全くない室内は素晴らしいの一言だ。
このバーギン王国ならではの、全体的に明るい内装がわたしはとても気に入っていた。
帰ったら自室に取り入れようと思うほどに。
リドルトン王国のものは重厚でやや暗めだから、時々息苦しい気がしていたのだ。わたしは内装を少し見てから、奥の寝台に横たわる人物に視線を移す。
寝台の周辺には椅子が置かれ、そこに二人座っている。
ひとりはスタンリー将軍、もう一人がエリオットだった。将軍はわたしの姿を確認すると、立ち上がって言った。
「陛下、彼女がアンダーソン公爵令嬢です」
すると、寝台に横たわったままの威厳のある老翁が顔を綻ばせた。
老齢の域に差し掛かってはいるが、髪も豊かで、ひげも蓄えている。エリオットと似た瞳は、今は穏やかに凪いでいるようだ。
少なくとも、歓迎されていることがわかり、少しだけ緊張も緩む。
「おお、よく来て頂いた。話は将軍から聞いておる。貴女のお陰で、我が孫とこうして会うことが叶った。それだけではなく、儂をあのダスティンめから救い出す計画にも参加してくれたと……本当にありがとう」
「そんな! もったいないお言葉です。わたしはただ、出来ることをしただけで、むしろ皆様のお邪魔になっていないかと心配しておりました」
恐縮して返事をすれば、笑い声が上がる。
「いやいや、ご謙遜を。ウェストン侯爵夫人から聞きましたぞ。あのダスティンと真っ向からやり合ったそうですな。殿下を守るために、国際問題になると脅したと、そこまでのお方とは思いませんでしたぞ」
はっはっは、と豪快に笑いだす将軍。
わたしはあまりのことに穴に入りたい気分だった。
「そんな、あれはだって、その、咄嗟に……相手は武器を持ってましたし!」
「凄かったと言っていましたぞ。あの男と真っ向からやり合える女性はまずお目にかかった事がない。我々は良き協力者を得ましたな」
「ええ、本当に。ポールも言っていましたわ。あれは凄かった、と」
すぐ横の寝台から掛けられた柔らかな声に、わたしは驚いた。
そこに横たわる高貴さの滲む微笑みを浮かべた老齢の女性は、どう見ても王妃様だと思われる。その彼女の口からあのポールの名が出たのだ。
と言うことは、やはり彼は王の命令で動いていたわけか。
これを聞くまではちょっと信じていなかったけれど、あれは演技だったらしい。とはいえ彼のぶん投げたお金の袋が当たって痛かったので、今でも彼については嫌な奴という認識のままだったりするけど。
「ポールは手違いで来てしまった貴女を安全に帰したかったと言っていたわ。だけど、結局は巻き込んでしまって、ごめんなさいね」
そうだったのか。
だけど正直にいうと、今でも疑いが晴れないのですけど。
すると、わたしの考えは顔に出てしまっていたらしい。王様が苦笑しつつさらに説明してくれた。
「ただ、ついでに国庫から持ち出した金を持たせ、将軍が宮廷内の人物を疑うように謀っていたというから、本当のところはわからんがな。貴女を上手く使って問題を解決しようとしたのだろう、あいつらしい」
「ああ、それならわかります」
いや、絶対に確実にそうだろう。
わたしの返答に、皆も苦笑いを浮かべる。恐らくこの場にいる全員が同じ意見で落ち着いたわけだ。
「あいつのことも含めて、アンダーソン嬢には色々と面倒を掛けた。今後、我が国は貴女を客人としていつでも歓迎する。現在王宮はまだ奪還出来ておらぬが、ほどなくして戻ろう。その際には王宮に一室を用意する。いつでも遊びに来て下さって構わん。
それに、貴女を寄越してくれたリドルトン王にも感謝をせねばな。
我が国は、貴国に感謝していることを書状によってお伝えしよう」
「勿体ないお言葉。ありがとうございます」
わたしは恭しく礼をする。
「構わんよ、こうして孫と会えたのだ。それにもうしばらく滞在して行かれるであろう。欲しいものがあれば何なりとこの将軍に言うが良い」
「お心遣いいただきありがとうございます。ですが、すでに将軍には色々頂いておりますし、そうですね、もう少しこの国の食事などを堪能させて頂ければ、十分です」
「そうであったな。アンダーソン嬢は食べることがお好きらしい。好きなだけ、堪能なさると良い」
「はい、遠慮なく」
ここを断るのは流石に失礼だろう。
そう答えると、使用人がそろそろお時間ですと促してきた。あまり長居しては療養の身にさわるということだろう。わたしは素直に頷いて、再び礼をすると退室した。
廊下に出ると、思わずため息がこぼれる。
無事に謁見を終えられて良かった。それに好きなだけ食べて良いと許可をもらってしまった。まだ全てが終わった訳ではないようだけど、もうわたしに出来ることなんかないだろう。
食事を堪能し、憧れだった港を散策したら帰ろう。
帰りたい訳ではないし、きっと滞在していても誰も文句は言わない。そんな雰囲気を感じた。こんなに好意的に扱ってもらえようとは、最初のあのろくでもない出来事は何だったのかと思うほどだ。
外を見れば、今日は雨。外出するには不向きだ。となると楽しみはひとつだけだろう。わたしは前を行く将軍家の使用人に訊ねた。
「あの、今夜のお食事について料理人に訪ねに行っても大丈夫かな?」
「え、はい。屋敷の中はお好きに歩き回って下さって良いと仰せつかっております。入られたら困る部屋には鍵がかかっているか、人が立っておりますので、そこだけ避けて頂ければと」
「わかったわ」
今すぐ出ていくことはない。
何より、まだ王宮の方は決着がついていないようだ。なので、それを見届けてから、ちゃんとエリオットに返事をして発つつもりだった。
すると、後ろから馴染んだ声が聞こえた。
「ジェシー!」
それは、聞き間違えようのない声。エリオットだった。




