31 交錯する諸々
しばらく走ると門が近くなってくる。
あと少し、あと少しだ。焦る思いとは裏腹に、足が重く感じられる。早く門へ辿り着きたいのに、と内心悔しく思っていると、案の定城内をくまなく捜索していたのだろう騎士たちが眼前に現れる。
エリオットは立ち止まり、小剣を構えた。
「見つけたぞ!」
「そこから動くなよ!」
じりじりと距離を詰めてくる騎士たち。
エリオットは特に動揺したふうでもなく、剣を構えたまま微動だにしない。わたしはといえば、邪魔にならないよう距離をとるべきか迷っていた。
すると、さらに別の騎士が現れる。
「見つけたぞ」
わたしはその声に驚いた。
そこにいたのは、何とポールだ。騎士たちに拘束されていたのではなかったのだろうか。どうやって逃げ出したのだろう。
まあ、王様と王妃様の件でゴタついていたから、その隙でもついたのかもしれない。他の理由は全く思いつかない。
わたしからはエリオットの背中しか見えないが、何かピリピリし出したことはわかる。これでは三対一。しかも相手はチンピラではなく騎士だ。日々鍛錬を重ねて有事に備えているような相手。いくらエリオットが強くても、簡単に退けられるような相手ではない。
どうしようと思った時だった。
「悪いな」
ぽつん、と呟かれたセリフと共に何かを殴る音が二回響いた。次にわたしの目に映ったのは、騎士が二人倒れる光景だった。
仲間を殴って気絶させたらしい。
「どうしても、僕を倒したいんですね。一対一で」
エリオットが静かに問う。
当然、その通りだという肯定の言葉が返って来るものと思っていた。
「いいや、さっさとその令嬢を連れて逃げろ。早くしないと他の奴らに追いつかれて、門も閉じられるぞ?」
ポールはあっさり言うと、抜いていた剣を鞘に戻してしまった。
拍子抜けしたわたしたちは、すぐに動けなかった。
――これは一体どういう事なの?
「ほら、さっさと行けって。俺の仕事が無駄になるだろが。後でどやされて給料減らされたらお前らのせいだからな。そうなったらせいぜいたかってやる」
「えぇ? いや、ちょっと待ってくれ。どういう事なんだ? だって、ポールは僕を恨んでいたんじゃなかったのか?」
「恨んでたさ。あの時言ったことは本音だ」
肩をすくめてあっさりと言うポール。
わたしとエリオットはますます混乱してきた。何が何だかよくわからない。
「殺してやるとか、死ねとか汚点とか言ってただろ?」
「ああ、実際殺してやりたいと思った事があるからな」
飄々とのたまう様子にエリオットはぐったりしている。
それはそうだろう。
横で見ているわたしだって何がなにやらなのだ。
「まあ、細かいことは後で説明するが、簡単に言えば俺に命令を下していたのは団長じゃない。陛下だ……陛下に逆らうとか一応騎士の俺に出来る訳がない。そう言ったって信用出来ないと思うが、とりあえず行け。さっさと行け、後で会ったらその時にわかるさ」
しっしっと手で追い払うような動作をするポール。
そこへ他の騎士たちも駆けつける。
「ここは俺に任せとけ、陛下が待ってるぞ」
ポールはそう言って再び剣を抜いて騎士達に切りかかる。同僚だと思っていたポールに逆に襲われた騎士たちは混乱し出した。
わたしはとりあえずエリオットの腕を引いた。
「ここは素直に言う事を聞こうよ。今は逃げないと!」
「そ、そうですね」
わたしに言われ、エリオットはようやく門へと向かい出す。途中で一度、後ろ髪を引かれるように振り向いたが、何とか門の側へとたどり着く。
するとそこではアニタや名前を聞きそびれた紳士たち、将軍の配下のひとたちが揉めていた。
「だから、殿下を止められなかったの! 何とか迎えに行かないと危険よ」
「しかし、最優先事項はまず陛下とお妃さまの護送ですし」
「そんなこと言ってる間に今度は殿下が捕まるわ! ああ、やっぱりジェシーをひとりで行かせるんじゃなかったっ!」
悔しそうなアニタに、いつ声を掛けようか迷っていると、紳士Aがこちらに気づいた。
「アニタ! アニタっ!」
「何よ、今このひとと話をつけないと……ジ、ジェシー!? 殿下も!」
「あはは、アニタ、ただいま」
ひらひらと手を振り、無事だったよと伝える。
アニタはこちらを幽霊でも見たような顔でしばらく見てから、ふらふらとこちらへ歩いて来て、急に両の頬をつねってきた。
「んぅ、い、いひゃいれす!」
「生きてる、生きてた。良かった! 何もされていないわよね。殿下も、怪我などしておりませんわよね!」
「はい、ご心配をお掛けして申し訳ないです」
エリオットがしおらしく謝る。
アニタはすぐに頬を引っ張るのをやめてくれたが、それでもじんじんしてまだ痛い。とは言え、心痛を思えばこの程度は我慢しなくてはと言い聞かせる。
本当はちょっと抗議したいけど。
「良かった。良かったわ」
「本当ですよ、とにかく我々と共に屋敷へ戻りましょう。馬車はすでに手配してあります。馬車には陛下と妃殿下もおられますから、後ほどお会い出来るでしょう。お二方とも。少し衰弱なさっておいでですが、お元気ですよ」
「そ、そうですか」
隊員の嬉しそうな声を聞いたエリオットは、複雑そうな顔になった。
それは仕方がないだろう。
わたしには彼の今の気持ちはわからないけれど、それでも普通の庶民として生きてきた彼が、突然国王が自分の祖父だなどと言われても、にわかには信じられなかっただろうし、会うという段階になってなお、半信半疑なのではないかと思った。
けれど、ようやく家族に会えるのだ。
決して悪いことではない。むしろ幸せなことと言えた。
「エリオット、行こう。皆が待ってるよ」
「はい」
わたしが差し出した手を、彼はおずおずと取る。
その時、ふと逃げる際に彼から放たれた爆弾宣言を思い出してしまった。
平静を装いつつも、手を繋いで歩く今の状況に、心臓が悲鳴をあげはじめているのがわかる。
一向に動悸が静まらない。
どうしよう。
戻れば、落ち着けば訊ねられるのは明白。
――どうしよう!
混乱したまま、わたしはエリオットやアニタと一緒に、用意された馬車へと乗り込んだのだった。




