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30 叫びたい


 一瞬、何を言われたかわからなかった。


「な、何で……?」


「貴女が連れ去られてわかったんです。貴女を助けたいのは恩義からだけじゃないって、だから、絶対に一緒に帰ります!」


 エリオットはそう言って、ダスティンの方を見た。

 扉の前に佇むダスティンは、何やら苦笑している。どこか小馬鹿にしているようなその笑みが、わたしにはひどく不快に感じられた。


「さて、可愛らしい演劇は終わったのかな? 申し訳ないが、アンダーソン嬢はすでに私の妻になってもらうという話をしてある。どこの誰だか存じ上げないが、出て行かなければ捕えて投獄する」


 ダスティンは不愉快な笑みを浮かべたまま淡々と言った。


 わたしはエリオットこそがこの国の正当な王太子なのだと叫びたかった。けれど、ここで正体を明かせば、エリオットは騎士たちに拘束され、殺されてしまうかもしれない。

 何とかこらえていると、エリオットが口を開いた。


「僕を投獄? もしもそれを実行したら完璧な国家反逆罪ですね。投獄されるのは貴方の方になるのでは?」


「何だと? 貴様、何者だ?」


 ダスティンが胡乱な眼差しでこちらを見てくる。

 まさか、とわたしはエリオットの服を引っ張るが、彼は少しこちらを見て、

「大丈夫です、任せてください」

 と小声で優しく答えてくれた。


 そうじゃない、言ったらだめだ、とわたしが制止する間もなかった。


「僕の名はエリオット・ハーヴィー・ウィンストン・バーギン。フレデリカ・メリンダ・ミッシェル・バーギンの息子です。貴方より血の濃い、この国の正当な後継者ですよ」


 爽やかな笑顔で、エリオットは言い切った。

 と言うか、言ってしまった。


 ――あぁ、言っちゃったあぁぁぁっ!


 もはや絶叫したい気分だ。

 何だかめまいがしそう、いっそのことここで気絶出来たら楽なのかもしれない。よく物語で女性が気絶しているけれど、心から彼女たちが羨ましい。今この時においては心から。


「……ほう、貴様がか?」


 ダスティンの目の色が変わった。

 わたしは思わず小さく息を飲む。肉食獣が獲物を見つけたような、値踏みするような目つき。背筋がすっ、と寒くなる。

 少し前まで、あの男に求婚されていたのだ。

 あまりのことに笑いたくなってくる。


「ええ、そうですよ」


「そうか……確かに、肖像画のフレデリカ様によく似ている」


 舐めるようにエリオットを見つめる目が怖い。

 わたしはただ彼の背中で怯えるしか出来ないのが情けなかった。彼の、エリオットの助けになりたくて頑張ったのに、結局危険にさらしている。

 こんな情けないわたしを、好きだと言ってくれたのに。


 何か、何か出来ないかと必死に考える。


「だが、今のお前はただの侵入者、つまりは罪人だな。その身に何かあっても、別におかしくはない。そう、何があっても……捕えろ」


 決して大きな声ではなかった。


 だと言うのに、わたしの耳には大きな声に聞こえた。まるでこれで終わりだと宣言されたかのような気分だ。


 ――何とか、何とかしてエリオットだけでも逃がさないと!


 そう思った時だった。

 廊下から大声と足音がしたと思うと、若い騎士たちが慌てた様子でダスティンに報告をはじめた。


「団長! 大変です、逃げられました!」


「地下牢に捕えていた王と王妃が消えていました! 何者かが手引きしたと思われます。今すぐ指示を!」


「何だと? 一体誰がそんなことを……待て、そういえばスタンリー将軍が極秘裏に動いているとの情報があったな、まさか!」


 ダスティンはわたしを見た。

 次いでエリオットを見やると、彼の表示が一変して憤怒のそれに変化する。


「すぐに捜索を開始せよ! まだ遠くへは行っていないはずだ!」


 ダスティンが騎士たちに指示を飛ばし始める。

 すると、エリオットが動いた。後ろに下がり、わたしの腰のあたりをかなり強く抱え込んだのだ。と同時に、エリオットはそれまで必死に確保していた小剣をわたしから取り上げる。使うためか、それともわたしの負担を減らしてくれる目的だったのか。

 疑問に思う間も無かった。


「少し怖いでしょうけど、我慢して下さいね」


「えっ、えぇぇ~~~っ!」


 言葉のあと、身体がベランダの外へ飛び出していることに気づいて悲鳴を上げる。しかし、予想とは異なり落下はせずに壁にとどまっている。良く見てみれば、エリオットの手に太い縄が握られている。

 その際に、上から怒号が聞こえてきたが、それどころではない。


 ――これでよじ登って来たの!?


 唖然としている内にするすると地面に到着。

 そのまま腕を引っ張られて走り出す羽目になる。正直そろそろ精神がもたないのですが、などと思うが状況が許してくれない。

 何なのよ、とほとんど半泣きの気分で引かれるまま走る。


 ようやく、まだやっていた舞踏会の音楽が聞こえてきた。しかし、エリオットは別の方へ行く。


「ど、どこへ行くの!」


「将軍の部下の皆さんに聞いたんです。こっちの門から陛下と王妃様を逃がす算段だって。彼らと合流すれば無事に逃げられます!」


 そんなにうまく行くのか、と疑問に思うがここは従うより他ない。


 ――ああ、神様。お願いです、どうかうまく逃げられますように!


 思わずお祈りをしてしまう。

 実際、わたしに出来ることなどそれくらいしかなかったのだ。



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