3 何かが変だけど…
バーギン王国。
大陸の西端に位置する、小さくはないが大きくもない国。
海に面しており、港から上がる収入で潤っているようだ。気候は穏やかで、国王夫妻も仲が良い。王太子も優れた人物で継承争いなどは特に起こっていないという。
そんな国の王太子が花嫁を募集することになった。
隣国の王女や名家の令嬢に招待状が送られ、もし受けてもらえるようなら選考会に参加して欲しいということだった。そこで親睦を深め、国との絆を結べるような人物を選びたいという。
本来は姉、ナディーンの名前で来ていたのだが、彼女は自国の王子と婚約している。
なので、一応正式に次女でも良いかと返信を送ったが返信が間に合いそうにない。誰もいかないのでは失礼に当たると踏み、わたしが赴くことになった訳だ。
バーギン王国としては、リドルトン王国との繋がりが欲しいだけだったのだろう。わたしの家は、リドルトン王国の王家と縁戚関係に当たる。何より、現リドルトン王家には妙齢の女性がいない。
だからこっちに話が飛んできたわけだ。
ここまで至極真っ当なお話。
なんの疑いもなくのこのことやって来た訳だが……。
「正直、こういう目に遭うことは想像できなかったなぁ」
「当然です。何なんですか! ああ、お嬢様に無体を働いたそいつの頭髪を全て毟り尽くしたい!」
「どうどう」
鼻息も荒く今にも城に入ってしまいそうなメイジーを宥める。
「でも、まあ何はともあれ、これで帰れますね。予定よりちょっと早いのがアレですけど」
御者の青年が言った。
薄い茶色の髪をマッシュルームみたいにカットし、どことなくロバみたいな顔をした彼の名前はチャド・コベット。馬車の操縦にかけては王家の御者に引けを取らない、というより王家の御者であり厩番が彼の父だったりする。
世間は狭いよね。
王宮を訪問したときびっくりしたよ。
お~い、父さ~んって言って駆けて行く先に、若干年を重ねた同じ顔があったんだから。あの時はよく笑いをこらえたものだと今でも自分を褒めたい。
何はともあれ、彼のお陰で少しは馬車旅が楽になってはいる。
「そうですね、時間調整を兼ねてどこか寄り道でもすれば帳尻あいますかね」
答えたのは護衛役の従者だ。一応軽く武装してはいるし、まあまあ腕も立つが、あんまり戦っているところは見たことがなかったり。
名前はボリス・モービー。
こういうのも何だけど、一応イケメンです。
黒髪に涼しげな茶目っ気のある褐色の瞳。
ややマッチョ寄りではあるけど鍛えられた身体つきをしている。
妙にいつも自信たっぷりなところが良くわからないけど。
ついでにいえばわたしの好みではないけど。
そんなボリスは連日メイジーに言い寄っては蹴飛ばされる日々を送っている。
良く飽きないねと聞いたら、男がハンターでなくなったらもう人生は終わりなのさとか言われた。
ますます彼のことが意味不明になった瞬間だった。
悪い人ではないので、もうそれでいいかなと思っている。
悪い人ではないことはとても大切だ。
「そうだね。でも思うんだけど……コレ、持ち帰ったら問題にならない?」
ずっしりと重い金袋。
口封じなのは理解したが、ただ花嫁選考会に行った娘がこんなものを持ち帰ったらどうなるだろう。
いくら凡庸な頭のわたしでも、父が黙っていないことはわかる。
そしてリドルトン王に告げ口をするだろう。
父と王は仲が良いのだ。時々王宮で夜会があれば揃って酒を飲んでは昔話に花を咲かせるくらい。
「なるでしょうね?」
「それは良くないと思うんだけど」
国と国とが揉めればいいことはない。戦争なんて起こった日には後悔してもし切れない。わたしはやたらと重い金袋をじっと見つめ、ふと思いついた。
「一部は教会に寄付するとして、全部じゃ怪しまれるかもしれないからさ、帰りながらパーッと使っちゃわない?」
「ぱーっと?」
メイジーがおうむ返しに問うてくる。
「そう。少しいい宿に泊まったり、ちょっと美味しいものを食べたり。確かバーギン王国って色々とみる場所があったじゃない!」
そう、この国には数々の絶景とグルメが満載なのだ。
現在リドルトン王国の貴族たちがハマっているものがある。同じ貴族が発行している小さな旅行記だ。
これを参考に社交の季節がない時期、旅行するのである。
かくいうわたしもいくつか所有していて、そのひとつにバーギン王国のものがあったのだ。当然、今回の旅にも持って来ている。
「ええまあ、そうみたいですけど」
「持って帰っても、余計な心配を掛けるだけ。寄付する分だけ残しておいて、皆で美味しいものを食べましょう!」
「いいですね! 俺は大賛成ですよ!」
ボリスが早速賛同してくれた。
「僕もいいと思います。国の皆に心配掛けなくて済みますしね」
チャドも控えめながら同意してくれた。
後は、渋い顔をしているメイジーの賛同さえ得られれば、わたしの願いは叶う訳だが……。
わたしはじっ、と有能な小間使いの目を見つめた。