29 思考が停止しそう
「いいか、俺はなぁ、お前がかわいそうだったから話し相手になってやってたんだよ。兄上の稽古相手に選ばれて、日々痣と怪我ばかりしていたな。俺の代わりに兄上にいいようにやられてくれたから、ずいぶんと助かった。
俺の剣の稽古にも付き合ってくれた。
いい奴だと思ったよ。俺の従士にしてやろうと考えていたくらいだ。だが、ある日剣術の大会があったあの日、お前を連れて行ったあの日!
あれが俺の人生を変えたんだ」
喉の奥から漏れるくっくっという笑い声に、わたしは息を飲む。
「そう、お前を連れて行ったばっかりに! 俺はそっちの人間だと思われたんだよ! この、俺、が!」
全身で息をするポール。
ちょっとよくわからなかったので、エリオットを見た。
すると、こっちも目を反らしてしまった。
これではますますなんのことだかわからない。
そっちの人間、そっちってなに?
などと考えていると、ポールがすぐに説明してくれた。
「以降、俺は男色家扱いだ。年頃のいい身体つきの女を見つけて声を掛けても口説く前から逃げやがる。あまつさえ気味の悪いものでも見るように見られた。古代ではよくあったらしいが、そういう趣味のある奴は男らしくないと蔑まれるんだ、この国は!
断じて違う、俺から女を追うことを取るなんて、くそが、お前のせいだ!」
「……」
ああ、そういう意味だったのか。と納得こそしたものの、これほどまでに私怨に満ちた恨みごとを聞いたのはさすがに人生初だ。
それぞれ人生において大切なことは全く違うけれど、こんな微妙な気持ちにさせられる恨みがあるなんて知らなかった。
にんげん、いきているといろいろなことがあるものなんだね。
きっとこのさきもいろいろなことがあるんだとおもうな。
きっとまたびっくりするようなことがありそうだね。
これをこえるかは、わからないけど、きっと。
少しの間、頭の中がポエム状態になるほどに何とも言えない気分だ。
一方のポールは言いたいだけ言ったので少しは満足したらしい。
「そういう訳だ。だから俺の手にかかって死ね! お前は俺の汚点だ!」
「残念だけどそれだけは出来ない。僕にはジェシーを守るというどうしてもやり遂げたいことがあるんだ。悪いけど、そこを退いてもらう。
ポールなら知っていると思うけど、僕は、強いよ?」
チンピラを叩きのめした時に見た、あの冷たい目。
別人のように見えるほど、印象の変わる瞬間。だというのに、その姿が恐ろしいほど美しくて、魅入られたようにさえ感じる。
いつもの穏やかな姿からは想像できない。
――何て、綺麗なの。
心の中でつい思う。
ああ、もっとエリオットの側にいられたらいいのに。
そんなわたしの思いをよそに、狭い室内で戦いが始まった。
「ふん、俺だってあれから変わったさ!
信じられないなら、受けて見ろ!」
室内でも振り回せるよう設計されている小ぶりの剣を構え、エリオットに切りかかるポール。
それを障害物を使い、あたかも重さなどないかのように避けるエリオット。
すると、エリオットが椅子を蹴り飛ばし、ポールは横に避ける。しかし、すぐ壁に当たり、一瞬動きが止まる。そこにエリオットの蹴りが入った。的確に、右手首を狙った蹴り。きっと普通はこんな簡単に狙い通りにならないはず。
「ぐっ、この!」
ポールはすかさずその足を逆の左手でつかんだ。
これにはエリオットもその場に背中から倒れる。
すると、すると、それまで呆然と成り行きを見守っていた侍女がようやく我に返り、外へ行こうとする。
「きゃああ! 誰か、誰か――っ!」
止めなきゃと思ったものの、距離が開いていて止めることが出来ない。間に合わず、侍女は外に出て行ってしまう。誰かを呼ぶ声が聞こえる。
どうしよう、誰か呼ばれたらエリオットが殺されるかもしれない。
そう思ったら、床に転がっているポールの剣が見えた。
殺し合いと言うより、完全に殴り合いになっているふたりを横目に、わたしはそれを拾い上げた。
「ちょ、重っ!」
細身の小さめな剣なのに凄く重い。
いや、わたしが非力なだけか。
メイジーだってこのくらいの剣は振り回している。いいなあ格好いい、わたしも剣を使えたらいいのに、と呟いたら、ジェシー様には小さい銃の方がよろしいのではありませんかと笑われたのを思い出す。
だけど、これをポールの手に戻す訳にはいかないのだ。
何とか持ち上げて抱え込む。
エリオットとポールはずっと殴り合いだ。蹴り合いにもなっている。両方とも、唇は切れ、頬も腫れていて痛々しいが、やめる気配はない。
どちらかが動けなくなるまで続ける気らしい。
やめてと叫びたかった。
だというのに、声が出ない。剣を抱え込んだまま壁にもたれて唇を引き結んでいると、廊下から複数の声がした。
扉から顔を出したのはダスティンだ。
「ポール! そこまでだ!」
「断る! こいつは俺が殺す。団長の命令でもそれだけは聞けません!」
必死の返答。
そこに隙が生まれたらしい。ポールが喋り終えた瞬間を狙い、胴に重い蹴りが入った。そのまま床に尻をつくポール。そこへすかさずダスティンが連れて来た仲間らしき騎士たちが殺到してポールを押さえつける。
「離せ! お前らだって俺の恨みを知ってるだろ!」
「分かってるけど、命令だ。我慢しろ」
「お前に何かあったら計画が破たんするだろうが!」
暴れるポールにそう声を掛けつつ、引っ立てていく騎士たち。エリオットはその隙にわたしのところへやって来て言った。
「大丈夫でしたか?」
「う、うん。それより顔が……!」
エリオットの端正な顔が切り傷やあざで痛々しいことになっている。早く手当てしてあげたい。
「いいんです。貴女を救うためならこの程度の傷は痛くもない」
「痛いに決まってるじゃない。どうして……」
放っておけば、いつかは将軍が助けに来てくれるはずだ。
この国の正当な王が戻りさえすれば、幾らでもやりようはあるはず。そうなったら、助けに来てくれれば良かった。なのに、こんなになってまで来るなんて間違っている。わたしはそう思った。
「どうして? そんなの貴女が大事だからに決まっているじゃないですか」
「え……?」
「いくら僕でも恩人というだけで、ここまでは来られません。僕は、多分貴女が好きなんです」
エリオットが痛々しい顔で唐突に告げた内容に、わたしはまたしても思考停止状態に陥ってしまった。




