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28 知り合いだった


 確かに、会うつもりなんてこれっぽっちも無かった。

 初対面の印象は最悪極まりないし、二度と顔なんて見たくもない。そんな男と密室でふたりきりとか勘弁して欲しいものだ。

 とはいえ、頭の中が疑問符だらけでどうしようもない。


 答えてくれる望みは薄いけど、この男に聞くしかないようだ。


「わたしもです。そもそも、貴方は誰なの?」


「さあ、誰なんだろうなあ。ただ、エリオットのことは知っているがな」


 さらりとはぐらかされ、わたしは反射的に彼を見た。

 目が合うと、ポールはにやりと口端を上げた。


「ついでに、恨んでもいる。あいつのせいで、俺の名誉は地に落ちた。正体のこともあるが、それより大事なのは、痛い目を見てもらうことだ」


 明かりの乏しい室内で、灰色の目が光っているように見える。

 気のせいだとわかっていても、やはり怖い。

 そもそも、わたしのような人間がこんなところでこんな目に合っていること自体がおかしいのである。


「信じられない」


「信じて貰わなくても構わないさ。いずれ分かることだ」


 やはり、彼は何も教えてくれる気はないようだった。

 わたしはため息をつく。それでも、ひとつだけ確認しておきたいことはあった。これも答えてくれるとは限らないけれど、聞かないよりはいいだろう。


「そう。でもひとつ教えて、あの時のご令嬢たちは今どうしているの?」


 そう訊ねれば、彼は意外そうな顔をした。


「何でそんなことが知りたい? あんたには全く関係ない人間だぞ」


「関係はないかもしれないけど、気になったから」


「変な女だな。普通この状況に追い込まれれば、まずは自分の心配をするだろうに……まあいい、そのくらいのことは教えてやるよ。

 あいつらは今もここにいる。あんたも見ていたから知っているだろう、帰りたくないと訴えていたんだ。俺は女には優しい方だからな、頼みを聞いてこの城で雑用係として使ってやっている」


 貴族令嬢を使用人としてこき使っている訳か。

 それは別におかしな話でもない。貴族のご令嬢が王族の侍女をするのは当たり前のことだ。ただ、なんとなくこの男が言うと侍女扱いではなさそうに聞こえてくるのだ。


「それは、侍女として?」


「もちろんだ。今ここは人手不足でな、俺や団長、他にも騎士団のために雑用を頼んでいる。王族の侍女がするような仕事じゃないものも混ざっているがな」


 完全に雑用係なのだろう。

 しかし、ここにいたいと言っているのなら無理に連れ出すのも良くない。わたしは仕方なくポールの言ったことを信じることにした。


「それなら、いいんだけど……」


「何を想像したか知らないが、俺もそこまで鬼畜じゃない。気になるなら後で連れてきてやる。いいところのご令嬢同士、話もあうだろうさ。さて、じゃあ俺はあんたの世話をする侍女を見つけてくる、おとなしくしていろよ」


 ポールはそれだけ言うと部屋を出ていく。扉が閉められると、がちりと鍵のかかる重い音が聞こえた。いくらわたしでも、この部屋からは出られない。窓に目をやるが、ここから飛び降りたらきっと大ケガをするか、当たり所が悪ければ死んでしまう。

 さすがにそれは嫌だった。


「はあ、まさかこんなことになるなんて……あっちはうまく行ったかな」


 せめて王様とお妃さまが無事に助け出されていればいいけど。

 ここにいては何もわからないので、ただじっとしているしかない。とりあえず、立ち上がって窓へ向かう。少しでも外を見ようと思ったのだ。


 しかし場所が悪いのかあまり良く見えない。


 それでも何かしていたくてそこに立っていると、不意にコンコンと窓を叩くような音がした。不思議に思ってそちらを見れば――。


「えっ! うそ、どうやって」


 窓の外に、エリオットがいた。

 彼は何やら手をひらひらさせたり、後ずさる動きをしている。後ろにさがれということだろうか。わたしはとりあえず後ろに数歩後ずさる。それを見たエリオットが、手に持った石を窓に叩きつけた。

 派手な音がして窓が割れる。


「良かった! 無事でしたか!」


「ええ、と。どうやって?」


 確かにこの部屋の外には人が立てる程度の張り出し部分があるのだが、問題はどうやってそこに至ったかである。


「よじ登って来ました。外をコッソリ歩いていたら、ここにジェシーがいるのが見えたので」


「ちょっ、落ちたらどうするのよ!」


「平気です。落ちませんよ、慣れてますから」


 なぜ慣れた。

 どうして慣れた。

 どうすれば慣れるんだ。出かかった言葉を飲み下し、エリオットの腕に触れてみる。うん、ちゃんと触れる。幽霊じゃないようだ。


「良かった、生きてる」


「当たり前です。死んだら助けに来られませんから。じゃあ、行きましょうか」


「どうやって? わたしは壁から降りるとか出来ないよ」


「背負っていくから大丈夫です。僕を信じてください」


「信じてって……」


 すると、後ろから鍵が開けられる音がした。どうやらポールが戻ってきたらしい。わたしは小声で言った。


「か、隠れて、戻って来ちゃったから」


「僕なら平気です。ちょっとした相手なら叩きのめせますから」


「それは知ってるけど」


 何でか動いてくれないエリオットと問答していると、鍵がさっさと開いて赤毛の男が顔を出す。後ろに侍女らしき女性を連れているのが見えたが、それどころじゃない。

 案の定、ポールの表情が強ばった。


「お前、どうやってここに!」


「壁を登って来たに決まっています。良く知ってると思いますが? 僕がこういった事に長けていることは」 


「え? 良く知っているって……?」


 そう問えば、エリオットはため息をついた。


「僕の、お仕えしていた騎士の家の次男なんです。ポール・ダンカン・カウエン。それが彼の本当の名前です。ジェシーから話を聞いて、もしかしたらと思っていたのですが、やはり、ポールでした」


「騎士の家の次男」


 呟くように言うと、それまで扉を開けたまま固まっていたポールが、突然大きな声で笑い出した。それからすぐに腰の剣を引き抜く。

 わたしはその禍々しい光に一歩後ずさった。

 それから気づく。エリオットが武器を持っていないことに。素手で騎士の家の次男に勝てるのだろうか。

 街のチンピラくらいなら簡単に叩きのめせたけれど、今回は相手が違う。


「まさか助けに来るとは思わなかった。いい機会だ。団長は暗部に任せるつもりだと言ってたが、本当を言えば俺が手を下したかったんだ。まさか自分からのこのこと顔を出すとは!」


「ポール! 一体どうしたんですか。以前の貴方はそんなことは言わなかった。言葉はいつも荒っぽかったけど、いつも優しかったのに……どうして!」


「どうして? お前が俺にそれを聞くとはな。ああ! 教えてやるとも。なぜ俺が友人だと思っていたお前を陥れようとしている団長に協力することにしたのかをな! いいか、良く聞けよ……一度しか言わないからな」


 ポールは怒りながら笑うという凄まじい表情で告げた。



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