26 殺されるかと思った!
ならばどうしたらいい。
騎士団長、確かダスティンという名前だったけれど、彼の手が腰の剣に触れている。招かれている貴族たちは武器の所持が許されていないが、警備にあたっている騎士たちは別だ。
その長なのだから、当然帯剣していておかしくない。
ダスティンの様子では、いつ流血騒ぎが起こってもおかしくないようにわたしには思える。だとしたら、もうどうしようもない。微かに体が震えてしまうが、何とか両手を握りしめてわたしは言った。
「わたしなら、大丈夫ですから。殿下とお話ししてきますよ」
「でも……」
「本当に大丈夫です、曲がりなりにも一国の殿下がこんな公衆の面前で隣国から来た客人を不当に扱うなんて、ありえません。そうでしょう?」
実際、そんなことをしたら戦争になるぞという意味を込めて言ってやる。こんなんではあるけれど、わたしは公爵令嬢なのだ。それも王家に縁のある身だ。何かあったらメイジーに言えと暗記させられてきた文言がこんなときに役立った。
まさか役立つ日がくるなんて思わなかったけれど。
「ふっ、中々頭の回るご令嬢のようですね。では殿下、行きましょう」
「ああ」
肩に手が置かれ、わたしはびくりと反応してしまう。
恐怖からだが、視線を上げればポールの悦に入った目がこちらを見ている。一体どうなるのか、それでも、アニタたちを守るにはこうするしかなかった。
「ま、待って、僕も一緒に連れて行って下さい!」
すると、エリオットの毅然とした声が掛かる。
「その出で立ち、従僕か……それとも振りをしているのかわからないが、お前は招いていない。従僕ならそれらしく控えていろ」
ダスティンが簡潔に答えてきびすを返す。
しかし、エリオットは粘った。
「今日はお側を離れないと約束したんです。お嬢様は怖がりなので、ひとりには出来ません。どうかご理解くださ……」
セリフが途切れた。
それはそうだろう。だって、喉元に剣先が突き付けられているのだ。エリオットはそれでもダスティンを睨みつけ、まだ言葉を発しようとする。
その時とっさに身体が動いた。
エリオットを強く押して剣との間に入り込み、ダスティンをまともに見る。全く感情の見えない目が怖かった。だけど、それよりももっと嫌だったのは、エリオットが傷つくことだった。
「どけ、使用人の分際で殿下や私に盾突いたのだ。捕えて罪を償わせる」
「彼は、わたしの心配をしてくれただけです。そちらこそ良いのですか? わたしを斬れば国際問題になりますよ? そのご覚悟がおありならば、どうぞ」
何度も何度も、メイジーやボリスたちとやった演劇ごっこ。
もし外国で危険な目にあったらとか、やることの少なくなる冬季に適当な設定を作って遊んだ。
――ありがとう、皆のお陰だよ。
心の中でそう思いながら、いつ斬られるかと冷や冷やしつつ、それでもダスティンから視線は外さない。怯えたら最後、そこに付け入られるような気がしていた。全部勘でしかないけど、きっと間違ってない。
すると、後ろからエリオットの声がした。
「どうして、僕なんかのために」
「わたしにとっては大切なひとだから。それで十分なの」
だから守らせて欲しい。
どうせリドルトンへ帰れば姉の影法師。
でもここでは未来の王様を身を呈して守った英雄になれるのだ。
何より、目の前のふたりにこの国を任せてはいけないと思う。
エリオットは、ちゃんと自分の持っていたものを取り返して、居場所を得て、活躍するべきなのだから。
少しの間過ごしてわかったのは、エリオットは純粋で優しい人間だということ。さらに頭もいいし、剣の腕も立つ。これから祖父と祖母にあたる国王陛下やそのお妃さまと、家族と会えるのに、その機会を奪わせてはならない。
そう決意して睨みあっていると、手が二回叩かれた。
「はい、そこまで。ただの従僕にそこまですることないだろ、団長。何より、この俺が主催している舞踏会で流血騒ぎを起こすつもりか? そんなことが国外に知れてみろ、要らない口実を与えるだけだぞ」
「ですが、いいえ、そうですね。申し訳ありませんでした」
ダスティンが素直に剣を引いて腰に戻す。
わたしは背中に嫌な汗をかいていた。何だかどっと疲れてしまったけど、今夜はまだ終わりそうにない。
「ほら、行くぞ……俺はただ、ご令嬢と話がしたいだけだ。従僕には悪いがここで待っていてもらう。いいな?」
「でも」
「ここにいて、お願いだから。わたしのためにここにいて」
わたしは真っ向からエリオットの目を見て訴えた。
エリオットは悔しげに顔を歪めて、小さく頷く。それからわたしはアニタに視線を向けて言った。
「申し訳ありませんけど、彼をお願いします。決して、追ってこさせないようにしてください」
「……わかったわ」
アニタはそう言って、エリオットの肩に手を置く。わたしはこれで何とかなるか、と息をつく。しかし、怖くてたまらないのも事実だ。今すぐにでも逃げ去りたいがそれは出来ない。
これからどうなるのか、クソ殿下がニヤつきながら手を差し出している。
「さあ、こっちだ」
「はい。行きましょう」
手袋に包まれたその手に自分の手を重ね、わたしは嫌々ながらクソ殿下にエスコートされて別室へ向かう羽目になってしまった。




