25 まさかの再会
人の波の中からわずかにのぞく背の高い姿。
長い赤い髪。同色の礼装。
その全てがわたしに金を投げつけた人物と合致する。見間違えるはずがない。
何やら目の辺りに申し訳程度の仮面がくっついているけれど、全く仮面になっていない。誰が見てもすぐに正体がわかる。
無意味なんだから取ってしまえと心の中で突っ込んでしまうくらい、本当に意味のない仮面だった。
ここまで隠せない存在感を放てるって中々ないと思う。
あの人は何があっても絶対に迷子にはならないんだろうな、という確信を抱いた瞬間だった。
すると、アニタが不思議そうに眉を片方跳ね上げる。
「あれは誰?」
アニタが質問すると、まだ名前さえ聞いていない男性が答えた。
「ポール殿下だ。フレデリカ様の隠し子で、今まで騎士の家で育てられていたという話ではあるが、私は正直疑っているよ。フレデリカ様とは似ても似つかないあの姿と品に欠ける振る舞い。
隣に近衛騎士団長のダスティン様がおられるから誰も大きな声では言えないがね、聞いた話では大勢の令嬢を侍らせて夜な夜な楽しんでいるそうだよ」
「まあ、なんてこと」
アニタの声に軽蔑の色が混じる。
わたしとしてはその現場を見てしまった訳で、何とも言えない。言えないが、今の説明であのクソ殿下がエリオットに成りすましていることはわかった。
何だか腹が立ってきたが、当の本人のエリオットは何か変な顔をしている。
「どうかしたの?」
「あ、いえ、何だか知っている人に似ているような」
「誰かそんなひといたの?」
質問してみるが、エリオットは困り果てたような訳がわからないといった様子で、答えられないらしい。
とはいえとりあえず、あのクソ殿下に見つかるのだけはマズい。
大変にマズい。
「まあいいや、とりあえずあの人だかりから見えないようにしなくちゃ」
「え、ああ、そうですね」
歯切れの悪いエリオットを引っ張り、アニタの側へこそこそと寄る。アニタの背後霊と化せばなんとか誤魔化せるだろうと思ったのだ。
「あら、どうしたの? もうお食事は済んだかしら。だったらそろそろ自己紹介をして、ダンスホールへ行きましょう?」
「そ、そうですね」
すると、アニタが気を回してそう言ってくれる。よし、これであのクソ殿下から距離をとれると喜んだのも束の間、クソ殿下が声を発した。
「おや、食べ物が凄い勢いで減っているな。珍しいこともあるものだ」
「ああ、それはあそこのご令嬢がひとりで平らげたのですよ」
側近らしき貴族が苦笑気味に言った。のが聞こえた。
逃げなければという思いとは裏腹に、こちらへ来る足音が聞こえる気がする。そして近くで立ち止まると、嬉しげな声が耳に入ってきた。
「ほお、そんな細い体でこれだけ食べるとは、中々愉快な令嬢だな」
「そ、そうですか! おほほほほ」
わざと声色を変えて返事するも、遠目で見たあの獲物を見つけた時のケダモノのような灰色の目が愉悦に歪んでいるようにわたしには見えた。
――ああ、どうしよう!
「どうだ、物足りないだろう。こちらへ来て俺の相手をしてくれ、そこでたっぷりと食事も出すぞ?」
周囲の貴族たちのざわめきがより一層増えていく。
到底断れない雰囲気の中、アニタがかばうように前に出てくれた。
「失礼ですが、わたしはこの子のお目付け役ですの。勝手に連れて行かれては困ります。わたしの目の届くところにいてもらわないと」
「ほう、なら貴女も来ればいい。美しい女性なら誰でも大歓迎だ」
「でしたらご一緒しますわ」
即答したアニタだったが、ポールと共にいた騎士団長が冷たく告げる。
「殿下、彼女はウェストン侯爵夫人です。いくら貴方が女好きでも、既婚者では名に傷がつきます。こちらのご令嬢ひとりでよろしいでしょう」
「ん、ああ、確かにその通りだ。この美人にお相手願えないのは残念だが、団長の言う通りだな。ではそういうことで」
「お待ちください、わたしはお目付け役……!」
「ウェストン侯爵夫人、何をそんなにご心配になられているのです? こちらはポール殿下なのですよ。貴女の夫が職を追われ、地位を失っても良いというのでしたら構いませんが、どうなさいます?」
騎士団長が平坦な声で問う。
わたしはそこで改めて騎士団長を見た。そういえば、スタンリー将軍が言っていたことを思い出す。
彼は、エリオットの存在が明るみに出るまでは王位継承権第一位の人間だったのだと。確かに顔立ちも雰囲気も上に立つ人間に相応しい。整えられた乱れひとつない青い礼装。艶のある黒髪を全て後ろになでつけており、凛々しい顔立ちと相まって勇壮に見える。目は褐色だが、わたしには少し赤みを帯びて見えた。
まだ二十代半ばと聞いているが、とてもそうは見えない。
逆らってはマズい。
わたしは直感的にそう判断していた。




