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24 舞踏会に飲まれそう


 本当のところ、わたしは貴族の令嬢ではあるが、あまり社交界に顔を出すことはなかった。

 浮ついた会話や駆け引きがもの凄く苦手だったのだ。


 最初は姉の陰に隠れてこそこそしていたのだが、今度は姉目当ての男性たちに絡まれるわ、姉の情報を教えろとやかましいわ、さらに姉に恋人をとられた令嬢たちの怒りのはけ口にされるわで、全くもってこれっぽっちも居場所がなかったのである。


 家にいて使用人たちとのんびりしたり、領民の方の話を聞いては父に皆がこんなことで困ってるよと伝える日々が一番楽だった。

 王家とつながりがあるアンダーソン公爵家は裕福なので、領民もそんなに困っていないけれど、貧しい人たちはいて、彼らの生活を何とか立て直せればと考えたりしている方が充実感があり、ついそちらに力を注ぎ過ぎていた。


 なので、せっかくメイジーに叩き込まれた立ち居振る舞いや教養を使う機会は無かったし、そもそも令嬢ってどうすればいいの?


 ――こんなところで経験の少なさを後悔するはめになるなんて!


 仮面の奥の目を瞬かせ、わたしはアニタにくっついて歩く。


 煌びやかな廊下、釣り下がるシャンデリアがまぶし過ぎる。

 壁の蝋燭も全部煙の出ない高級品で、夜だということを忘れそうだ。

 飾られた花は香りが強くてその内酔いそうだし、飲まれているカラフルなお酒も度数が強そうだった。

 

 明らかに男女の密会を助長するための集会みたいな感じなんですけども。場違い感がひどすぎて少しめまいがしてきた。


「……うぅ」


 緊張感からつい漏れた微かな呻きに、エリオットがそっと訊ねてくれる。


「大丈夫ですか? 具合が悪いなら休憩室に……」

「へ、平気。それに挨拶しないで下がったら失礼だもの」

「でも、辛くなったら言って下さい」

「うん、ありがとう」


 こそこそと話す。

 幸い、他の人々のざわめきにかき消されたようで、アニタには気づかれなかった。そのことに安堵する。


 それに、よく考えてみれば、わたしは自国の王宮だってろくに行ったことがないのだ。社交の季節の初めごろに国王陛下にご挨拶する時だけ。わたしにとっては一年に一回の大イベントだった。

 緊張しながら大急ぎでご挨拶し、それが終わればさっさと領地に帰ってしまうため、夜の舞踏会などという駆け引きのためにこそ存在する集まりなど、ほぼ経験がない。

 めまいがするのも当然かもしれない。


「さあ、あの方たちよ。大丈夫、事情は知っている方たちだから、心配はいらないわ」


 指示された先にいたのは仮面で顔を隠したそんなに若くはない男性ふたり。かといっておじいさんではない。おじさんの若い方、とでも言えばしっくりきそうな感じだ。


 基本的に仮面舞踏会では参加者の正体を探るのはマナー違反だと聞かされているが、事前に待ち合わせ場所を決めたり、特定の物を身に着けてお互いを探すのは大丈夫らしい。

 ちなみに、本来はこういう場に従僕を連れてくることはないのだが、従僕の仮装をしている貴族もいたりするので、誰も何も言わない。場合によってはこっそり使用人たちも正装して紛れ込んでいることさえあるので、多分何とかなる。

 ダメなら控室に行ってもらうしかないけれど。


「やあ、こうしていると昔に戻ったようだよ」


「そのお嬢さんかい? 可哀そうに巻き込まれてしまったのは」


「ええ、とてもいい子よ。良すぎたからきっとこんなことになっているのだと思うけれど。だからあまり親密にしてはだめですよ。まだ色々と初心なのだから」


「はは、我々がそんなことをするように見えるかい?」


「ええ、若い頃を知っているもの」


 知己三人が楽しく談笑し始める。

 わたしはとりあえずアニタたちの話が終わるのをそこで待った。すると、エリオットがそっと話しかけてきた。


「何だか凄い集まりですね。貴族というのは良くこういう会を開くんですか?」


「まあ、特に社交の季節だと多いよ。わたしはあんまり好きじゃなくて、参加は必要最低限にしているんだけど」


「そうなんですか?」


「うん、色々あったから。それに社交嫌いの貴族も珍しい訳じゃないし、着飾るのも面倒で……」


 ため息交じりに言えば、仮面の向こうからもの問いたげな視線を向けられる。とは言え、こんなところでする話じゃないし、思い出したくもない。

 困っていると、アニタがようやくわたしたちを手招きしてくれた。


 とりあえず、互いの自己紹介をしつつ何か飲み物をということになり、奥のテーブルへ向かう。ここでは軽食もつまめるようになっていて、長く大きなテーブルには目にも美しい小さな食事が並んでいる。


 わたしは小さく歓声を上げた。


 透明度の高いジュース、炭酸水、季節的に輸入品らしきフルーツ。

 一口でつまめるように作られている食べ物の数々。これを好きなだけ食べていいのか、と早速つまみ出すと後ろから笑い声がした。


「あらあら、まだ色気より食い気なのね」


「す、すみません。少しお腹が空いてしまって」


「いいのよ、構わないで食べて。話はゆっくりとすればいいのだから、時間はたっぷりあるし、夜は始まったばかりよ。ねえ」


「ああ、腹ごしらえは必要だ。お嬢さんはまだ若いからね」


 何だか微笑ましいもののように扱われ、わたしは複雑な気分になったが、それは事実だ。なので受け入れるしかない。そう思って軽食の載った皿をほぼ空にする勢いで食べる。

 当然、決して急がずマナーは守ってがっつかないように。


 そんなことをしていると、急に人の群れが割れた。

 一体何だろう。集まった貴族たちの驚きに満ちたどよめきに、食べる手も止まる。すると、その中から、見たことのある赤い髪の毛が見えて、わたしは思わずその場で固まった。


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