22 迎えが来た!
翌日、ドレスが届いた。今まで着たことのないような色っぽいその仕立てに、わたしはしばらく思考が停止した。
「あの、これじゃなきゃだめ?」
「だめですよ。せっかく用意して頂いたものですし、リドルトンから持ってきたものではデザインで国がバレる可能性がありますからね。
大丈夫、とてもお似合いですよ。ジェシー様は今までが大人し過ぎたのです。このくらい大胆な格好をしていかなければむしろ浮いてしまいます。中には仮装なさったり、もっと露出の多いドレスを選んでいる方もおられるのですよ」
「そ、う、です、か」
わたしは広げられた淡い紫色のツヤツヤした生地のドレスをじっと見る。全体的には好きな感じだが、問題は大きく開いた襟ぐり部分だ。夜会に出たことは数あれど、こんなに肌をさらしたことはない。
しかし、メイジーの言う通り、手持ちのドレスで済ませて素性がばれてしまうのは避けたいところ。
諦めよう。
少しくらい肌を多めに見せても、そんなには失うものはないだろう。
何より、帰ればこんなドレスは着られない。いい機会だ。顔は隠すんだから何とかなる。何とかなると思わなきゃ!
そう決めて、試着をする。
メイジーが言うに、細かいサイズ直しがいるとのこと。
鏡に映った自分を見て、あまりの恥ずかしさにまともに見られない。わたしはちゃんと出来るかどんどん不安になって行った。
◇
そうして決行日になった。
前日は食べ物を受け付けないくらい緊張した。今朝だってあんまり入らなかった。むしろ吐きそう。でもやるんだ、と言い聞かせて暗くなってきた外を見る。
まずは王宮へ招かれているという侯爵夫人との顔合わせからだ。
夫人の夫は国に仕える官吏で、重要な役割を担っているのだとか。現在国王が不在のため、目の回るような忙しさだという。なので、今起こっていることを不審に思いつつも、そちらに気を回す余裕さえないのだとか。
それでも、何か協力したいということで、今回手引きの役目を夫人に頼んでくれたのだそうだ。
窓の外に目をやり、天候を見る。悪くはない。
夜なので、雨さえ降らなければ平気だ。ただ少し肌寒いので、暖かい外套が欲しいところ。
会場になっている王宮の大ホールでは脱がなきゃならないだろうけど、少し前に訪ねた王宮は、いわゆるお城だったから、寒そうだなあ。
そんなことを思いつつ、メイジーによる完璧な装いで、侯爵夫人を応接室で待つ。いつもの髪型と違って結いあげているので、首の後ろが寒い。それに合わせて揺れるイヤリングと、ドレスに合わせた大ぶりの宝石が美しい首飾りは重くて肩が凝りそうだ。
すると、扉がノックされた。来たのかなと思うと、現れたのは従者のお仕着せを来たエリオットだった。
濃い茶色のお仕着せはボリスが普段着用しているものをエリオットに合わせたので、少し大きめではあるが、妙に似合っている。武器らしきものは見えないが、どこかに隠し持っていると思われた。
「とりあえず、着替えてみました。違和感とかないですか?」
「ないない、良く似合ってるよ」
王子に対して似合っているも何だが、実際そうなので仕方がない。
メイジーもじっくり検分し、問題がないようで頷いている。
「良かったです。ジェシーは……」
こちらを見たエリオットの目が、吸い寄せられるように胸元に来るのがわかる。いや、無きに等しき可哀そうな部分なので、あんまり見ないで欲しい。そんな思いから、ついつい外套の前を掻き合わせてしまう。
「もう、恥ずかしいからあんまり見ないで。貧相でごめんね」
「そそそんなことは、ないです!」
否定の言葉がこんなに空しく響くなんて、まあいつものことですけど。
「でも、あまりして欲しくない格好です」
「え?」
やっぱり似合わないのか、と思ったが、すぐに力強く言われる
「変な男に絡まれたら大変です。そんな格好をしている以上、絶対に僕の側から離れないで下さい。いいですね」
「はあ」
「いいですね!!」
「はっ、はい!」
力を込めて確認されて、反射的に勢いよく返事。エリオットは「よし」と頷いている。よくわからないが、心配してくれたらしい。それは素直に嬉しいけど、して欲しくない格好と言われたのはちょっとショックだ。
やっぱり、露出の多い服は似合わないのだろう。
こんな機会だからと勇気を出したのに。もう着ることもないだろうから構わないけれど。ついついため息が出てしまう。
ちょっとは褒めて欲しかったのにな。
と思っていると、また扉がノックされた。
今度こそは侯爵夫人が来たのだ。
アニタ・ダイアン・ウェストン侯爵夫人。年齢不詳の美人らしいが、どういうひとなのだろうか。ドキドキしながら執事が開けた扉の先を食い入るように見てしまう。そこからゆっくりと入って来たのは、確かに綺麗なひとだった。
「はじめまして皆さん。アニタ・ダイアン・ウェストンです」
緩く波打つ黒髪、紫の目。細いが全体的に流線型を描いているまさに理想的な体つき。まとうドレスは艶やかな深い赤。派手なようでいて、全く派手ではないほど良く似合っている。
しばらくその姿を見つめ、わたしは思い出したように返事した。
「は、はじめまして。わたしはジェシー、ジェシー・バーバラ・クラリス・アンダーソンといいます。リドルトン王国の公爵家の二番目の娘です」
「あら、これは可愛らしい方ね。てっきりわたしは、こんな危険な事を手伝ってくれる方なのだから、もっと気の強そうな女性を想像していたのだけれど、全然違ったわね。
じゃあとりあえず、ジェシーと呼ばせて頂くわ。わたしのこともアニタで構わないわよ。好きに呼んで下さって結構です」
「わ、わかりました、アニタ」
艶やかな笑顔に圧倒されつつ、それでもその目が笑っていないところに気づくと、身の引き締まる思いがする。
ああ、いよいよ乗り込むのだ。
「準備はよろしいかしら?」
「はい!」
勢い込んで言えば、アニタはさも嬉しそうに笑ったのだった。




