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21 大役を任されました


 翌日、朝食の席でもたらされたのは驚くべき情報だった。


「どうやら、国王陛下と王妃様が牢に捕らわれているようなのです」


「まさか、そんな事があり得るのですか?」


 聞き返したのはメイジーだ。

 彼女は席にはつかず、わたしの給仕をしながら話に参加している。


「前にも説明したが、王宮は今近衛騎士団に牛耳られています。我々が手出しするとなると、大規模な戦闘になりかねないのです。ですから、あまり大事にはしたくない、しかし、何とか救出をしたいのですが……」


「何か問題が?」


「なるべく、ヤツに感づかれないよう秘密裏に入り込みたいのですが、あの場所には貴族やその客人しか入れないようになっておるのです。ですので、内部から誰かに手引きをしてもらうしかないのですが」


 スタンリー将軍の視線がこっちを向いている。

 わたしは食事をする手を止め、まさかという思いで聞いた。


「もしかしてその役目、わたしにやれと?」


「決して危険はないとお約束します。協力してくれる貴族がようやくひとり見つかりまして、彼女のご友人ということにして王宮で開かれる仮面舞踏会に参加して頂きたいのです。その際に、従者として隊員を潜り込ませます。他の事は全て彼らが行います……アンダーソン嬢はただ夜会へ行ってくだされば良いのです」


「は、はあ」


 まあ、それくらいなら出来なくもない。

 しかも顔バレしている身としてはおあつらえ向きの仮面舞踏会だ。ちょっと大きめの仮面にすれば、ポールに顔バレしていても暗さが味方して気づかれにくいと思われる。


「ですが、ジェシー様でなければだめなのですか? 私が代わりに行っても良いのですよ?」


「最初はそうしようと考えましたがな、ここ数日の様子を見ていると、貴女はやはり、動きがきびきびし過ぎているのです。ゆったりとした上流階級の人間らしい所作が、板についていない。そこから疑われる可能性が高いと踏んだのです」


 そうなのか。

 まさかメイジーも自分の出来る部分のせいで身代わりになれないなんて、思いもしなかっただろうな。ちらっと見やれば少しショックのようだ。気に病まないといいけど。

 とはいえ、いつまでもここにこうして軟禁されるのも辛いものがある。


 わたしは真剣に頷いた。


「わかりました。お引き受けします……けど、本当に危険はないんですよね?」


 そこは再確認だ。

 あまり危ないとボロを出しそうで怖い。


「当然です。護衛もきちんと残します」


「それなら、僕に行かせてください」


 エリオットが不意に言葉を発した。


「殿下! それは無理です」


「でも、僕の顔を知っているのはごくわずかな人だけです。ジェシーの従者としてついて行ってもきっとわからないと思います」


「し、しかし……っ!」


「そうでなければ、ジェシーを舞踏会に参加させるのはやめてください。もし必要なら、命令という形をとってもいいですが」


 いつもの柔らかな瞳ではなく、鋭い眼差し。

 最初はただ綺麗な瞳だと思って見ていたが、角度によって紫や深い青に変わるその目は、時に非常に冷たくなる。まるでこちらの感情を全て見透かすような目が、わたしは少し怖かった。


 その部分において、もうエリオットは王家の人間であることを証明しているようにさえ思えたほど。


 そしてその目を向けられたスタンリー将軍は苦渋に顔を歪めつつ、大きなため息を吐き出した。


「ならば、私はわかりましたと言う他はありませんな。全く、本当にフレデリカ様と良く似ておられる。こうと決めたら動かないところなど、そっくりです」


「それほど似ていますか? 僕は母を知りませんから、わからないですが」


「ええ、それはもう恐ろしかったですよ。あの方が女王となっていたら、殿下もこのような思いをせずとも済んだものを……惜しい方でした」


 スタンリー将軍は心底残念そうに言ってから、すぐに事務的な話に戻る。


「では、明後日です。アンダーソン嬢にはドレスをご用意させて頂きます。他の諸々に関しては有能な小間使いがおられますしな、今日の所は特に何も。手筈だけ確認しておいてもらえたら助かります」


「わかりました。そうします」


 強く頷くと、何だかお腹が空いてきた。

 今晩決行、という訳ではないにせよ、こんな経験リドルトン王国でずっと暮らしていたら絶対に出来なかっただろう。

 あの姉様にだって無理だ。

 存在感があり過ぎるのだから、わたしにしか出来ない。


 すごくやる気が湧いてきた。

 これがエリオットのためになるのだ。誰かの役に立てることは、自分にとっても唯一誇りに出来ること。これは一生の思い出になるだろう。

 

 わたしはカッと目を見開いて、肉にフォークを突き刺して次々と口へ運ぶ。


「おお、今日も良き食べっぷりですな。見ていて気持ちがいい」


「そうですね。僕はちょっと小食なので、見ていていい気分です」


 口々に言われて、わたしは少し止まった。これは、貴族令嬢としては良くないのではないか。でも何だか楽しまれているようだし、構わないかな、と勝手に思って笑った。


「食べることならお任せ下さい。簡単にお腹痛くなったりもしませんし、美味しいものならいくらでも入りますよ」


 そう言うと、朝食の席が笑いに包まれる。

 皆の役に立っている。リドルトンでは恥ずかしいと言われて冷ややかに見られていたこの趣味も、この素晴らしき人たちは気にならないのだ。

 この人たちのために、頑張らなくては。


 決意も新たに、わたしはパンを手に取ったのだった。



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