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2 金を投げられました


「構いませんが! 姉のお腹にはすでに父親のわからない子供がいますし、男をとっかえひっかえしますし、殿下のことをヘビ王子と呼んでましたし、あんな爬虫類の子は要らないとか言ってましたし! だからわたしが来ました!」


 それからそれから!


「ええと、あんな女を知らない童貞みたいな男つまらないとか!」


 後は後は……。


「もういい」


「ひっ!」


 地獄の底から聞こえたのではないかと思われる声につい悲鳴が出る。

 あわあわと口に手を当てて慄いていると、何かが空を切って飛んできた。その何かは見事にわたしの右のこめかみにヒット。


 ちょっと意識が飛びかけたけれど、何とか倒れるのも座り込むのも回避。


「痛たた……え?」


「殿下! いくらなんでもそれは」


「黙れ。そこの虫けら、それを持って二度と俺の前に顔を出すな。もし見かけたら命はないものと思え」


 わたしは床に落ちた麻の袋を見て、それがどうやら金貨の詰まった袋だと悟る。つまり、金をやるから消えろということか。


「殿下、彼女はリドルトン王国の王家と繋がる由緒あるご令嬢なのですよ。これが国際問題にでもなったら!」


「そのための金だ。今回のことは無かったことにしてやろう。向こうに落選の手紙を送っておけ、いいな?」


「そんな――!」


 可哀そうな従者殿。

 でもわたしもとりあえず安心した。このお金を拾って帰れば交渉成立だ。わたしも姉もあのクソ殿下から守られる。自分の足りない頭でよく頑張った。わたしは屈みこみ、金貨の詰まった結構重い袋を拾い上げた。

 凄いなぁ。

 これだけあればのんびり船旅だって出来るし、一番いい部屋に泊まれる。


「ああ、申し訳ありません。こんな……こんなことになろうとは」


「気にしないで。そうだ!」


 わたしは袋から金貨を数枚出して、今にも天国に召されてしまいそうなほど血色の悪い従者に渡した。


「これで少しは栄養を取って下さい。大変でしょうし……わたしは気にしていませんから、ね?」


 と微笑むと、彼は涙ぐんでしまった。


「その、仕事が変えられるといいですね」


「う、有難いお言葉……散々なご無礼を働いたのに。お優しい方だ。貴女が選ばれなくて本当に良かったっ!」


 うんまあそれはその通りだ。

 流石にアレはない。とはいえ――。


 わたしはクソ殿下が立ち去った後に遺された令嬢たちを見た。難しい事情を抱えてこの国に来ただろうにあの仕打ちを受けてなお、ここに留まろうとしている。


 ――あの人たちを助けてあげられたらいいのにな。


 今手にしているお金でもどうにもしてあげられない。

 他国の事に干渉は出来ないのだ。


 わたしはふっ、と息をついて涙ぐむ従者に別れを告げる。城の柔らかな絨毯を踏みしめ、新調したドレスをなびかせて歩くと、会う人会う人から何やら謝罪された。もう広まっているらしい。


 この国自体は力のある国だが、王宮というのは狭いもの。


 権力と地位と金を欲して、人間の欲が渦巻いている場所だ。とりあえず、自分の国がここよりマシで良かったなと思いながら、わたしは城を後にした。



  ◇



「ジェシー様!」


 外で待機していた小間使いと従者がわたしを見つけてびっくりした。

 まあそりゃそうだよね、いきなりそのまま帰って来るとは思わないよね。本来ならこの国の使用人が現れて、小間使いはわたしに宛がわれた部屋へ、従者は専用の宿舎辺りに案内されるはずだしね。


「いやぁ、ごめんね。凄い速さで振られたよ!」


 わざと元気良く言うが、彼らがびっくりしていたのは別の事だった。


「額、額から血が! ああ、ドレスにもこんなに、大丈夫ですか!」


 どうやら金袋が当たったときに額を切っていたらしい。


「布、布を出さないと!」


「そんなに慌てなくてもいいよ。あまり痛くないし、多分これが飛んで来たときに当たっちゃったんだと思うよ」


 わたしはずしりとした金袋をふたりに見せて言った。


「何ですかソレ」


「お金」


「それはわかりますが、どうしてソレがジェシー様に飛んで来たんですか!」


 小間使いのメイジーが眦を吊り上げて問うてきた。

 黒髪黒目で髪をきちんと整えたメイジーはわたしより八つも年上で、とても美人だ。その上有能。何かあったら彼女に頼りさえすれば何とかなる。

 今までも何とかなってきた。

 ただし、怒ると恐ろしいほど怖い。知的な美人が怒ると本当に怖い。なので、わたしは素直に答えた。


「殿下が投げて寄越したの。帰っていいから持っていけって。多分、口止め料も入っていると思うよ」


「どういうことです?」


 とりあえず、わたしはあったことを彼女に包み隠さず全て話した。


 聞き終えたメイジーは剣呑な顔をし、あごに手を当ててしばし何かを考えている様子だった。わたしはメイジーが何かを言うのを待つことにした。

「変ですね……私が事前に収集した情報によれば、この国の王太子殿下はとても朗らかで明るく、お優しい方だそうです。そうでなければ、お嬢様がここに来ることになった時点で止めています」


「そういえば言ってたね」


 いきなりの事態にわたしも混乱していたらしい。


 そう、確かこの国についてメイジーから色々と聞いていたのだ。だからこそ、姉の身代わりになってもいいかな、と考えたのだから。


 わたしはそのことを思い返してみた。


 

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