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19 マナー教育のお手伝い


 なにはともあれ、結局はリドルトン王国に帰れなくなってしまった。

 元々そんなに帰りたかったわけでもなく、むしろ時間稼ぎして気持ちを落ち着かせてから帰ろうかなと考えていたことが裏目に出ちゃったらしい。


 それでもまあ、今までのことを思えばこうなるべくしてなったと言うべきか、あの時、あの場所に戻ってもわたしはやっぱり同じことをしていただろう。

 婚約破棄の痛手から逃げるように花嫁選考会とやらを受けることにした時点で、決まっていたのである。

 今さらぐちぐち言っても仕方ない。


 それに、帰れないのは悪いことばかりじゃないと思う。


 他国の陰謀らしきものに巻き込まれて、うっかり外へ出ると命を狙われるという状況さえなければ、快適ではある。

 そう、元々外出は好きではなく、自室や公爵邸の温室とかでメイジーや、料理人たちと話し込むのが楽しみだった。公爵邸には薬草園もあったし、季節のハーブティーを淹れて、お菓子を楽しむのだ!


 甘い香りのするハーブを混ぜたクッキーは最高だった。


 そう、確かに今の状況は暇で暇で、暇だけど、何かは見つけられるはずだ。


「という訳で、わたしにも手伝うことがないかな?」


「はあ」


 何が、という訳なんだろうか、と言いたげな顔で首を傾げるエリオット。


「その、結構暇なの。本を読むのにも少し疲れたし、今日のメニューは相談済みだし、買い出しに行こうにも護衛役が足りないから今日は出ちゃだめって言われてるし、だったら、エリオットの勉強の手伝いが出来ないかなあって」


 現在、スタンリー将軍の所有するお屋敷に軟禁状態で暮らし始めて早一週間。事態は特に進展するでもなく、思いつく限りの暇つぶしをしているが、さすがにやることが尽きてきたのだ。


 そこで、わたしは考えた。


 現在マナー教育と帝王学を叩き込まれているエリオットの手伝いが出来ないかと。まあ、帝王学とかの学問系は無理だけど、マナーの方ならメイジーにびしびしと鍛え上げられている。

 なので、そう提案してみたのだけど……。


「それはつまり、エスコートやダンスなどの相手役や、食事のマナーの見本をお見せして参考にして頂こうということでしょうか?」


 わたしの足りなさすぎる言葉をメイジーが要約してくれる。


「そうそう、そういう事!」


「なるほど、それはいいですね。私やダンス講師の方などでは、少し背丈が合わないので、初心者の殿下にはよろしいかと」


「確かに、ジェシーと僕はちょうどいいですもんね」


 今まさにダンスを仕込まれていたエリオットが近くに来て並べば、わたしは彼より少しだけ背が低い。向かい合うと、丁度顔と顔が近くに来るので、やりやすそうらしい。

 果たしてそうなのかどうなのか、わたしには不明だが、確かにかけ離れた身長差よりはいいのかもしれないと思っておく。


「遠目から見て問題点を指摘することも可能ですしね」


 メイジーが頷きながら言う。

 とりあえず、役立たずではないと思ってもらえたようで何より。


「良かった! じゃあやろうか!」


 早速、相手役をメイジーと交換し、組んでみる。と、途端にエリオットの頬が少し赤くなる。慣れていない感じが可愛いなぁと心底思う。


 と言うか、至近距離に来たので余計意識してしまう。


 滑らかな肌、大きめの目、整った顔立ち。それまではボロ服を着て、手入れもせずに荒れ放題だったからあまり目立たなかったが、こうやって磨き倒されると否応なく意識せざるを得ない。


 ――くっ、女のわたしより断然美人とか……神様のいじわるっ!


 これで男だなんて、何かが間違っている。


「あの、失敗したらごめん。それに、あまり女性と近づいたことも無くて」


「いいのいいの、気にしないで。わたしのことはその辺りの木だとでも思ってくれていいから」


 そうフォローしつつも、腰に回った手がぎこちない形で固まっている。

 すると、メイジーが含み笑いをした。


「あらあら、私の時にはそんな反応はなさいませんでしたのに。ジェシー様だと意識してしまうみたいですね」


「意識? 何を……?」


「いいえ、何でもありませんとも。さあ、始めますよ。先生お願いします」


「はいはい、ああ、いいですねぇ若いっていうのは」


 やや年をくってかつらを被ったダンス講師の先生は、微笑ましいものでも見るようにまなじりを下げつつ、ピアノの鍵盤に手を置いた。

 元々柔和な顔立ちなので、そんな顔をされたら背中がむずがゆくて仕方ない。

 一体ふたりとも何を言っているのやら。


 ――いつものことか。


 メイジーは時々こうやって、わたしが身分や素性の確かな若い男性といると盛り上げたりからかったりしてくれる。

 彼女なりに色々と心配してくれているのはわかるけど……どうせリドルトン王国へ帰ればいつもの日常に戻るのだから、あまり意味はない。そう思うと、ちょっと心が冷えてくる。

 でも今だけ、今だけは解放されていよう。


 流れ出したピアノの曲に合わせて、慣れた動きで踊る。ぎこちないが、必死にリードをしようとするエリオットの姿がいじらしい。

 誰かのために、心置きなく、楽しい時間を過ごせること。


 神様が、少しだけ哀れんで下さったのかもしれない。


 いつか、護衛を引きつれてまたあの大聖堂へ行こう。


 お礼を言うために。



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