16 どこかへ連れて行かれるようです
一体何が起こっているのか脳が理解するより先に、どんどん事態が進んでいく。何だろうな、空耳なのかな。今、エリオットが『殿下』って呼ばれてなかったかな。おかしいな、殿下と呼ばれる人間は、基本的に国の支配者の令息令嬢ということだよね、それってつまりようするに……。
「う、うそっ」
「聞き間違いでしょうか?」
メイジーを見れば、彼女は秀麗な顔を歪めて状況を理解しようと努力している。わたしはといえば、とりあえず考えることを放棄した。
もう意味がわからない。
見えているものの何が正しいのかわからない。
確かにエリオットを見て、王子様みたいだなと思いました。温室でお茶でも楽しんでいるのがお似合いなのに、世の中不思議ですよね。そう思ってました。
でも世の中そういうものですよね。なんて思ってたのに、本当に王子だった。本当に王子だったっ!
「誰かと勘違いしているんじゃないですか? 僕はただの泥棒ですよ。ほら、どう見てもそうでしょう」
金の袋を見せつけながら、まだ演技をするエリオット。しかし、威厳のある男性は真正面からエリオットを見て断言した。
「いいえ、見間違うはずがありません。そのお顔はフレデリカ様と生き写し。長らく探しておりました。カウエン家へ迎えをやったのですが、その時にはすでに他家へ奉公に出されたと聞き、急いでそちらへ向かったのですが……!」
少し涙ぐむ男性。
エリオットは困惑の表情で周囲を見回す。男性の周りには近衛騎士や警備隊の隊員らが集まっており、彼は全員から見られている。
わたしは声を上げることも出来ず、遠くからそれを見るしか出来なかった。
「そこではもう解雇したと言われてしまい。他も当たったのですが、どうしても見つからなかった。もしや、御身に何かあったのではと。よくぞお命を奪われずにいて下さった!」
「……やっぱり、僕は狙われていたんですね」
聞こえてきた声はため息まじりの、どこか諦めを含んだような声だった。
「新しく仕えることになった家で、ちょっとした粗相をしたからとすぐに首になって他の仕事を探していたとき、妙な黒ずくめに追われました」
「やはり! 殿下のことがどこかから漏れていたのか」
呻くように男性が言ったが、エリオットは構わず続けた。
「殺されると思いましたが、何とか逃げのびました。でも慣れない仕事はうまくいかず、あそこの方に拾って頂かなければ僕は野垂れ死にしていたと思います」
「なんと、それは運が良かった!」
「ええ、けどどうして命を狙われるのかわからなくて、どうしても知りたいと思っていたんですけど……」
やっぱり、急なことすぎてエリオットも受け止め切れていない様子だ。わたしだって突飛すぎてついていけないので、当事者の彼はもっと混乱しているかもしれない。
「申し訳ない。我々がもう少し早く行動を起こしていれば!」
悔しいのか、本当に涙を流し出した男性。
ちょっと遠くて分かりづらいが、エリオットの顔が若干引きつっているように見える。
「とにかく! まずは私の家へいらして下さい。そこで少し休息をとって頂き、詳しい話と今後について協議しましょう。おい、道を開けて殿下をご案内するのだ。すぐに馬車も連れて来い。近くに留めてあるからな!」
「は、はっ!」
隊員が数名、雷鳴のような声で下された命令に反射的に返事をする。
「さあさあ、殿下、こちらへ!」
「ちょっ、待って下さい。何だか良く分からないんですけど、先にあの方たちを解放してください! 僕の命の恩人なんです」
そう言うと、エリオットがわたしの方を見た。
すると、男性は「なんと!」と大きな声を出し、わたしを拘束している隊員に怒鳴った。
「殿下がおっしゃったことが聞こえたか! すぐに放すのだ」
「ええっ! しかし……いや、了解しました」
どうにも納得いかない様子ではあったが、一応解放してくれる。良かった良かった。手をずっと掴まれるのって地味に痛いんだよ。
ため息をつきつつ手首をさすっていると、男性がさらに言った。
「殿下の恩人に何もせず帰したとあってはこの王国の恥、その方々もお連れしろ。丁重にな、失礼なことはするなよ」
重々しく放たれた言葉に、隊員たちが縮み上がる。
「で、では皆さまこちらへどうぞ!」
「え、いえ、わたしたちは国へ帰りた……」
「どうぞ!」
「こちらへ!」
「ご案内いたします!」
さながら何かを宣誓するかのような勢いで叫ばれ、帰りたいと言えなくなってしまったわたしは、
「は、はぃ」
と返事をするのが精一杯だった。
メイジーとチャドを見れば、彼らも逆らうことなど出来ていない。メイジーに逆らえないんだから、わたしなんかがどうにか出来る訳がない。
諦めとともに空を仰ぐ。
曇りがちだった空に、少し青空が見え始めている。
――何か、完璧に巻き込まれ事故にあったような……。
案内されているんだか連行されているんだか不明な状況の中、わたしはそう思ったのだった。




