15 やばい捕まっちゃう
「おい、ここを開けろ!」
「何ですか、失礼な。まず用件を言いなさい!」
不遜な印象を受ける言いように、メイジーが大きな声で問い返す。警備隊員は一瞬怯んだものの、すぐに事情の説明をはじめた。
「我々は現在、国庫から盗まれた金の行方を追っている。昨日それが大量に使われたことが判明した。使われたのは修道院と宝石店。店の者によれば使ったのは馬車を所有している貴族令嬢らしい。このため、ここから出ようとする馬車は全て検分するから、開けなさい」
隊員のセリフに、わたしもメイジーも固まった。
これはまずい。
非常にまずい。
だって、彼が言っているのは恐らくわたしのことだと思う。いや間違いなくわたしだし。というか、国庫から盗まれたって何?
このお金をくれたのはこの国のクソ王子殿下で、彼が無断で勝手に国庫から盗んだものをわたしに投げつけたと、そういうことですか!
はいそうですか。そういうことですね!
あのクソ殿下。盗んだ金をよこすなんてどこまで性根が腐り倒しているんですかね。あんなのが次期国王でこの国は本当に大丈夫なんですかと問いたい。
と心の中で罵詈雑言をまくし立てたところで今のまずい状況は変わらない。
なのに何にも解決策が浮かばない。
ああ、どうしてひとは混乱するとものを考えられなくなるのですか。わたしは半泣きでメイジーを見た。
「ど、どうしようメイジー~っ」
完全に捕まる。
捕まって拷問に掛けられて場合によっては腕を切り落とされたりする、かも、しれない。
「僕が引き受けます」
「はい?」
唐突に言ったエリオットに、メイジーが素っ頓狂な声を上げる。
「ですから、そのお金を僕が持って逃げます。そうすればジェシー様達は逃げられます。僕に、騙されていたと言えばいい……隠れ蓑に使われただけだと言い逃れできます」
「でも、そんな!」
「いいんです。ジェシー様に拾って貰わなかったら、僕は野垂れ死にしていたんですから。恩返しさせてください」
言いながら、お金の袋を引っ張りだすエリオット。
「ちょっ、待っ!」
「お世話になりました」
エリオットは少し悲しそうなのに満面の笑顔で馬車の反対側から出る。警備隊員はそのことにすぐ気づいた。
「あ、こら! 待てっ!」
隊員は一人だけ残してエリオットの背を追う。
突然のことにわたしは言葉もない。
と、戸が叩かれた。
「さて、お嬢さん方。事情を説明して貰いましょうか?」
「……はい」
そう返事するしかなかった。
出るように促され、馬車を出る。少し離れた場所では、エリオットがぞろぞろ集まってくる隊員や騎士らしき人々に囲まれていた。
あれでは彼も逃げられそうにない。
これから一体どうなるのだろう。
事情を説明すれば、わかってもらえるのだろうか。あれはクソ王子が寄越した迷惑なお金なのだと言って、信じてもらえるだろうか。
そう考えて肩を落としていると、低い威厳のある大声が聞こえた。
「待て! その方に無礼を働くな! だが逃がすなよ!」
それは号令のように聞こえた。
わたしは訳がわからずそちらを凝視。わたしを連れて行こうとしていた隊員もそちらの動向が気になるのか、特に拘束もせずにそっちを見ている。
「ジェシー様、ジェシー様!」
「えっ、何メイジー?」
「今のうちです。逃げましょう」
「でも、エリオットが……」
などとためらっていると、隊員に気づかれた。
「逃げようなどと考えるなよ。それに話を聞くだけだ。場合によっては情報提供の礼もする。しかし、逃げたら容疑者とみなすぞ」
「わ、わかりました」
そう言われてはメイジーも黙るしかないようだ。しかし、わたしはエリオットが気になって仕方ない。
やっぱり多勢に無勢らしく、少しずつ囲まれていく。
被っていたフードも取れ、整った容姿がさらされているのを見て、割と近くにいた近衛騎士が驚いた声を上げた。
「あ、あれは、王女殿下? いや、しかし」
「何を言っている。殿下はすでに他界されているだろう。それにあの体つきはどう見ても男だ。とはいえ、あの男、女みたいな顔だな」
「ああ、うっかりすると間違えそうだが……」
まあ、それもそうだ。
だってわたしより可愛いのだからそう見えるだろう。体を見なければ一瞬アレ? と思うもの。
などと考えていると、ついにエリオットが捕まってしまった。
「離せ! これは僕が盗んだ金だ。僕のものだ!」
懸命に罪をかぶろうとしてくれている。わたしは違うと叫びたかった。なのに、彼の行為が全部無駄になる気がしてためらってしまう。
今ここでは言えない。
なら、後でこの隊員に説明するんだ。
彼もわたしも無実です。その金はクソ殿下がよこしやがったんです、と。わかってもらえるまで、何度でも。何度でも。
そう決意した時、耳に飛び込んで来たのはとんでもない言葉だった。
「おお! ようやく見つけましたぞ。よくぞ、生きていて下さった。今まで見つけられなかったこと、お詫び申し上げます。殿下……!」
一番威厳のある顔つきと体つき、そして服装をした男性が、深く頭を下げている。その男性の前に立つひとこそ、エリオットそのひとだった。




