14 街が騒がしい
「国庫から盗まれた金が見つかった、だと?」
セントヴァル宮殿にある王国軍を総括している将軍の執務室で、装飾の多い軍服に身を包んだ体格の良い壮年の男性が訝しげな声を出した。
褐色の短髪に、白髪がかなり混じり、表情にはどこか疲れが見える。
男性はデクスター・ウィルフレッド・スタンリー。バーギン王国、王国軍の将軍だ。その彼の前には街の警備に当たっている隊の隊長が屹立している。
「はい。昨日、教会に多額の寄付があり、金の出どころを不審に思った修道士が我々に相談を持ち掛けて来ました。検分したところ、国庫から盗み出された金貨である可能性があるとのことです」
「なるほど……それでその寄付をした者たちは?」
「現在警備隊が行方を追っておりますが、身なりが良かったとのことで、どこかの貴族令嬢ではないかと。観光が目的なのか、別の目的があるのかはまだ不明とのことです」
「ふむ……まずはその者たちの身柄を確保だな。そこから、この国に巣くう害虫を特定出来るやもしれん」
スタンリー将軍は重々しい声で言うと隊長を見やる。隊長はその意を汲み、将軍の目を見返してきた。
「ようやく、尻尾を見せ始めたということですか」
「ああ、長らく追ってきたが……ようやくだ。それに、ここのところ陛下とお妃様が姿を見せぬのも変だ。政務は宰相が回しているが、重要な審議にも姿だけでなく、お声さえも聞こえてこないのはおかしい」
「はい。確かそれも、ようやく見つかった王子殿下が再び行方不明になられたころと時期が合致します。何か、嫌な予感が致しますが……」
隊長の言葉に、スタンリー将軍は唸り声をあげた。
ここのところ、宮廷が落ち着かない。文官も武官も、長らく陛下の姿を目にしておらず、もしや病にお倒れになったのか、または別の理由があって姿を現さないのかと噂が飛び交っている。
その中心にいる人物の愉悦に満ちた顔を思い浮かべ、スタンリー将軍は苦々しい顔になった。
このままでは、奴の思い通りに事が運んでしまうだろう。
それだけは阻止せねばなるまい。
「それと、もう一つ報告がございます。将軍が探しておいでのあの方とよく似た人物が、その令嬢たちと行動を共にしていたというのですが……。少々信憑性に欠けるため、まだ調査中とのことです」
「なに! そうか……やはりその者たちの身柄を早く確保することが先決のようだな。休んでいるものも動員し、捜索に当たらせよ。近衛騎士たちが暇をしているはずだ、私が許可したと言えばすぐに動いてくれるだろう」
「は、ではすぐにでも近衛騎士たちの助力を請いましょう。
それでは、任務に戻らせて頂きます」
寸分の乱れもない敬礼をし、隊長が退室していく。
「さて、わしも行動に移るとしようか」
他にやらねばならない仕事はすでに終えている。
ならば、自分も直接出向いてその者たちの尋問を行うべきだろう。スタンリー将軍はそう決め、外出の準備を開始した。
◇
馬車の窓から、城壁が見えてきたのに気づいて、わたしはまた小さく嘆息した。あれからすぐに引き返し、宿を引き払ってから王都を出るために馬車を走らせているけれど、やっぱりちょっと未練がある。
――港、見たかったなあ……。
またいつか、どこか別の場所で目にする機会があるだろうか。帰ってしまえば、そう簡単には外出出来ない。
心の中が未練でいっぱいで、ため息ばかりが出てくる。
とはいえ、どうしようもない。どうしようもないのだけれど……。
「はあぁ」
また未練のため息。
「ジェシー様、お気持ちはわかりますが」
「うん、わかってるよ~。だから何とか諦めようと努力しているの」
素直に言えば、メイジーは「そうですか」と言ったきり、何も言わなくなった。いつもの事だけど、こういう時は彼女の気遣いが嬉しいものだ。
と、なぜか馬車が急に止まった。
「え? また何かあったの?」
ついそう訊ねると、外からチャドの困惑した声がした。
「いえ、別に怪しいとかそういうんじゃないんですけど、妙に警備隊の方が多いんですよ。城門辺りに凄く多くいて、街から出る人たちが足止めを食らっているみたいです。何かあったんですかね? おお、騎士様までいる!」
「俺、話を聞いてきましょうか?」
ボリスがわたしとメイジーに問い掛ける。どうしようか。
先ほどの事を思えば一刻も早くこの街から出た方が良さそうだけど、と思いながらメイジーを見やると、彼女は少し考え込み、言った。
「ではお願いできますか?」
「もちろんですよ! もし出来るようなら、少し早めに出してもらえるように頼んできます」
ボリスは自信満々に請け合うと馬車を出ていく。すると、様子を見ていたエリオットが何やらそわそわし出した。どうしたのだろう。声を掛けてみようかな、などと考えていると、馬車の戸が叩かれた。
途端、エリオットが険しい顔をし、外套のフードを深くかぶる。
何で顔を隠そうとしているのだろうか。彼の行動の真意がわからないので、とりあえず戸を叩いたのが誰か確かめようと窓を見る。
そこにいたのは、想像通り警備隊の隊員らしき軽武装した人物だった。




