13 黒ずくめたちが現れた
「な、何か起こったの?」
「お嬢様はここにいてください。俺たちが見て来ます」
びっくりして外を見ようとしたわたしを素早く制止し、動いたのはボリスだった。彼はエリオットを伴って外に出る。
わたしはおっかなびっくり、窓から外を見やった。
今いるのはあまり人気のない通りだ。
王宮や大聖堂、教会や広場などといった人の多く集まる場所ではなく、比較的貧しい人々の暮す家が並ぶ地区。
建物に挟まれているため、少し薄暗い。
それでも、乗合馬車なども通るため、道路にはきちんと石畳が敷かれている。
そこに、全身黒ずくめの者たちがいるのが見えた。
「な、なにアレ、あんなの見たことないよ」
「当然です。変ですね……今さら王家がジェシー様に用があるとは思えませんが」
「どういうこと?」
メイジーのセリフで、わたしの脳裏にあの理不尽な王子が思い出される。というか、黒ずくめがいることとどうして王家が結びつくのかわからない。
「あれは後ろ暗いことを行う時に放たれる、尋問や殺人に長けた者たちです。全てを秘密裏に処理したいとき、王家や大貴族が使う者たち。
それがいるということは、王家が関わっていると考える方が自然です。少なくとも、この国の大貴族とジェシー様には何のつながりも関わりもありませんから」
「いやまあ、そりゃそうですけど」
だとしたらなんですか?
今さら金返せとかそういうことでしょうか。もう結構な額を寄付だの宝石だのにつぎ込みましたから全部は返せませんけど。返せっていうなら返しますとも。こんなの要らないし!
と心の中で叫んでみるが、あの黒ずくめに言う勇気とかはない。
あったらおかしい。
こんなこととは全くさっぱり無縁極まりないところで暮らしてきた人間だもの。そんなこと出来たらむしろ凄いよ。
などと混乱しながら、それでも外を見るしかない。
「お前たちは何者だ、なぜ我らの行く道をふさぐ?」
凄味のある低い声で問うボリス。
ああしているととても優秀な護衛に見える。実際、彼は優秀だった。はずだ。
「お前らが知る必要はない。我々の目的は達成された」
「どこへ行こうと、我々はお前たちを見ている」
「無駄なことはよすんだな」
三人の黒ずくめがそれぞれ同じような声音で言った。全く平坦な、高くもなく低くもない男の声だった。
感情の入らないその声に、わたしは思わず戦慄した。
――どうして、どうしてあんなのがわたしを監視することになったの!
訳がわからない。
「あ、待て!」
ボリスが大きな声を上げるも、黒ずくめたちは恐ろしい速さでこの場から走り去ってしまった。
ただ「見ている」と告げるためだけに現れたようなもの。
しかし、何のためにとか、こうしなければこうなる、といった脅しもなく、目的も言うことなく行ってしまった。
だからこそ、うすら寒いものを感じてわたしは身体を固くしていた。
「くそ、一体何だったんだ」
ボリスが訳がわからないといった体で戻ってくる。
「大丈夫だった?」
「ええ、とりあえずは。しかし連中、一体どうして現れたのか……」
「恐らく何かの警告だと思います」
「警告?」
おうむ返しに訊ねれば、メイジーが真剣な顔で深く頷いた。
「わざわざジェシー様の前に現れて『見ている』ことを強調した。確かジェシー様は口止め料と言われてその大金を受け取ったのですよね?」
「そうだけど?」
「もしかしたら、私たちが王都にいつまでもいると都合が悪いのかもしれませんね。早く国へ帰れ、ということでしょうか?」
逆に問われたわたしは沈黙する。
だって、急にそんなことを言われても困る。判断に迷っていると、メイジーがため息交じりに言った。
「ジェシー様、こうなってしまってはもう王都を出てリドルトン王国へ戻った方が良いと思います。観光でしたら、途中に風光明媚な街がいくつかございますし、リドルトン王国内にも良き場所はございます。
早めにバーギン王国を出た方が良いでしょう」
「……あ、そっか」
暗に脅されているのだとメイジーは言っているのだ。
わたしは港のある方向を見やった。
一生に一度、見られるかどうかわからない場所。だけど、もし本格的に命を狙われているとしたら、ここは素直に彼女の言うことを聞くべきだ。
わかっている。
わかってはいるのだ。
「残念ですが、私はジェシー様の安全が第一と考えます」
「ええ、俺もそう思いますよ」
「僕も、メイジーさんたちに賛成です。ジェシー様に何かあったら嫌です」
ボリスとチャドまでもが口を揃える。
皆の心配そうな顔を見ると、わたしはそれを受け入れるしかなかった。
「わかりました。皆の言う通りにする。わたしだって、自分のために皆にひどい目にあって欲しくないもの」
「お嬢様、力不足で申し訳ありません」
「そんなこと言わないでボリス。こればかりはどうしようもないよ」
苦笑いを浮かべつつ言うと、不意にエリオットが言った。
「せめて、海の見える道を行きましょう。そちらに案内します。そうすれば、海を見ることは出来ますから。すみません、この程度しか思いつかなくて」
「ううん、ありがとう。嬉しいよ……じゃあ、引き返そうか」
こんな形で王都を去らなければならないなんて。
悔しいけれど、一介の貴族令嬢にはどうしようもない。わたしは座席に座り直して、ため息をついた。




