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12 色々話したらすっきりです


「そんな、容姿で全てを判断するなんて……」


「それがね、見た目だけじゃなくて姉様はすごくいい人なの。いつもいつも、自分よりわたしとか弟を大切にしてくれて。

 わたしと自分を比較してくるような男にまず怒ってくれるのが姉様なの」


 そう、とてもいい家族なのだ。

 この家に生まれて良かったと心から思えるような、そんな家。社交界に出ると色々な話を聞く。そもそも、夫婦仲の良い貴族が少なかったり、子どもを結婚の道具にしたりと嫌な話がとても多い。


「だから、これは自分のわがままだと思ってるの」


「そんなことは、ないですよ。誰だって、自分が認められたいものじゃないですか? 僕だって、そういうことはあります」


「そうよね。でも、わたしは恵まれているから、それは贅沢だと思っているの。こうやって、話を聞いてもらえるだけでも嬉しいの。だから、ありがとう。それにね、わたしはあなたのお陰で色々楽しい思いも出来ているんだから、あなただって凄いひとなんだよ?」


 そう断言すると、エリオットの頬が少し赤くなる。


「だから、明日もお願いね」


「はい。ちゃんとお守りします」


「うん、ありがとう。貴方と知り合えて良かった。あの時の自分の判断が間違いじゃなかったって思うもの」


 そう言ってから無理やり笑みを浮かべて見せる。


「じゃあ、わたしはもう部屋に戻るね。おやすみ」


「あ、おやすみなさいませ」


 何となくまだ声を掛けたそうにしているエリオットに対し、わたしは逃げるようにその場を立ち去った。

 けれどこれ以上あのことを思い出すのは辛すぎた。

 きっと泣いてしまう。だけど、彼に慰めてもらうのはなにかが違う。だって、彼はわたしの家族でも友人でも、ましてや恋人でもなんでもない。身分だって違うのだ。


 だから、逃げた。


 それにこれ以上特定の男性に肩入れするのは嫌だった。


 足早に部屋へ続く廊下を行く。すると、背後から腕を掴まれた。


「えっ、きゃっ」


 喉から小さい悲鳴が出たものの、何とか踏みとどまる。一体なにが、と思って顔だけ後ろを見れば、エリオットがいた。自分より遥かに整った顔が、窓から差し込む月光に照らされてこちらを真摯な顔で見てくる。


「な、なに? 話ならまた明日でも」


「僕じゃ、力になれないとは思いますけど、でも、何かあったら頼って下さい。貴女に拾われなければ、きっと僕は死んでいた。だから、貴女のために何かしたいんです、苦しむ顔は見たくないんです。

 苦しいことがあったら、僕にも教えて下さると約束して下さい!」


 妙に力強く告げられて、わたしは呆けてしまった。


 そんなことを言われるなんて思わなかったのだ。つまり、エリオットはそれほどまでに追い詰められていたということ。

 わたしは、ぎりぎりのところで彼を救い出せた訳だ。


「……あの、ありがとう。もし、何か相談したいことがあれば、貴方にも相談するって約束するね」


「ええ、お願いです」


「うん、そうだ! 色々終わってからも、貴方さえ良ければリドルトン王国へ来ない? お父様に頼めば、もしかしたら護衛役をひとりくらいは増やせるかもしれないから……」


 そう訊ねると、エリオットは一瞬驚いたような表情を見せ、それから少し辛そうに唇を引き結ぶ。


「それは、嬉しいです。でも、僕にはこの国でやらなきゃならないことがあるから、それが終わったら、行きたいです」


「そうなの。それでもいいよ」


 もし彼がこの先この国で自分に合った仕事を見つけられないとき、わたしを頼ってくれればいい。そう思ったのだ。

 思って、ふと距離が近いことに気づく。


 ――うん、どうしよう、そろそろ腕を離して欲しいんだけど……。


「で、えーと、その、そろそろ離してもらえると……」


「え、あっ! す、すみません。無礼なことをしてしまいました」


「いいのいいの、わたしが勝手に話を打ち切ろうとしたからでしょ? ごめんね、ちゃんと聞くべきだったよね」


 まああの時は泣きそうだった訳だけど、今は驚きのために涙も奥へ引っ込んでしまった。


「そんな、僕こそおやすみの邪魔をしてしまって。もう言いたいことは言えましたので、どうぞ、おやすみ下さい」


 恐縮したエリオットに、思わず笑いが漏れる。


「はい、じゃあおやすみなさい」


「おやすみなさいませ」


 わたしは困惑顔のエリオットを見て笑いながら、部屋へと戻ったのだった。戻ってからも、思い出し笑いが止まらず、翌日メイジーから不気味がられることになったのだった。



  ◇



 翌日は少し曇りだったけれど、王都を見て歩く分には特に支障はない。

 宿を出て、向かうは港。

 少し距離があるので今回は馬車に乗っていく。

 異国の船や、珍しい品々を売る店などが軒を連ねていると言う。港ならではの綺麗な家々もあるとかないとか。これは見ておかなければ。港こそ、リドルトンには決してないものだからである。


 よし、今日も色々見まくるぞ、と旅行記の内容を脳裏に浮かべつつ向かいに座っているエリオットに視線をやれば、あれ変だな、目を逸らされた。

 何かしたかな。

 何もしていないはずなんだけど。


 ああ、昨日余計なことをお喋りしたせいで気を使わせてしまったのか。それは、とても悪いことをしたかもしれない。

 それでも、あのおかげで今日は精神的にとっても元気なのだ。


 よし、何か言って笑わせればいいかな。


 とわたしが考えはじめた時だった。急に馬車が止まり、外でチャドが何か意味不明なことを叫んでいるのが聞こえてきたのだ。

 

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