10 お祈りに行こう
何て爽やかな朝だろう。
わたしは朝食の席から窓の外を見て微笑んだ。ご飯も美味しいし、良く晴れていて歩き回るのには最適な日だ。
「さて、今日はいかがいたしますか。ジェシー様」
「うん、あのね、まずは教会に行きたいの。ちょっとお金も多いし、寄付がてら大聖堂で礼拝をしたいのよ」
正直、大金をずっと持ち歩くのは不安だ。
なので、少し軽くしてからあちこち見て回りたいなと思ったのである。
「わかりました。では案内お願いしますね」
「はい、お任せください!」
エリオットが嬉しそうに返事をしたすぐ横に、どんよりとした顔のボリスがいる。食が進まないのか、時折パンを口に運ぶ程度だ。すぐ隣ではチャドがいつもと変わらずゆっくりと食事を摂っている。
あれから目が覚めたボリスはメイジーに雷を落とされて相当へこんだようだ。少しかわいそうだけど、わたしとしても何も言えない。だって、かばう言葉が全く浮かんでこないんだもの。仕方がない。
ここはしっかり反省してもらおう。
そう言い聞かせ、わたしは食事を終えた。それからほどなくして宿を出ると、ゆっくりと歩いて向かう。確か、旅行記にはバーギン王国の王都にある大聖堂は見るべきだと書いてあったはず。
「楽しみだなあ」
メイジーと喋らなくなったボリスと楽しげに行くエリオットと進む。荷物から取り出しておいた旅行記を開く。大聖堂についての記述を読めば、多くの建物の密集している路地を行くと、存在感のある黒い尖塔が見えてくると言う。
顔を上げて首を反らすと、そびえるような尖塔の姿。
「わぁ、あれがそう?」
「はい。あれがこの国の誇る大聖堂です。僕も良く行くんです。神様にどうかお仕事をお恵み下さいとお祈りしに……願いがかないましたね! こんな素敵な方たちに拾って頂けて、その主であるジェシー様はとても心優しい方ですし、僕は本当に幸運です」
「いやいや、そんなことないから」
反射的に否定の言葉を口にする。何やら落ち着かない。基本的に、わたしが褒められることは少ない。時々優しいひとだと言われるけれど、他のひとの視線は大抵姉のナディーンへ向いてしまう。
悪意はなくともそうなってしまうらしい。
納得していることだけれど、それでも時々はこっちを見て欲しいなあと思わないでもない。だからか、エリオットの言葉がくすぐったくて、嬉しかった。
――とはいえ、エリオットだって姉様を見れば同じ反応になると思うけど。今だけはいいよね。
「そんなこと大ありです。それに、ジェシー様はとてもお可愛らしいですよ。僕の好みです」
「またまた、わたしは普通ですよ」
「それがいいんじゃないですか。癒されるじゃありませんか」
にこにことお褒めのセリフを次々と吐き出すエリオット。
いや、嬉しい、嬉しいですけど、褒められ慣れていないわたしには固まるしか出来ない。ど、どう対応したらいいの? ありがとうございますとか、お礼を言っておけばいいの?
「お分かりですか?」
そこへなぜかメイジーが入ってきた。彼女は不敵な笑みを浮かべて何度か頷いている。
「ジェシー様はお可愛いのです。それに、皆の心を癒して下さる存在。それがわかる男性がおられるとは……聞きましたかジェシー様。私が常日頃言っていることがこれで事実であると証明されましたよ!」
「うう、そう、です、ね」
受け入れるには経験が邪魔をする。
しかし、笑顔の圧力が凄い。両方とも顔立ちが整っているだけに威圧感があるのだ。これに対抗する精神力なんて、わたしにはなかった。
「とと、とりあえず早く教会に行きましょう。色々お祈りしたいこともあるし、天井画が素晴らしいそうだから、ね!」
「ええ、お祈りしましょう。そして感謝をお伝えせねばなりませんね」
「はい、この出会いに感謝ですね!」
妙に意気投合しだしたエリオットとメイジーを見ていると辛いものがあるわたしは、ため息をつきつつしょんぼりしているボリスに声を掛ける。
あまりにも落ち込んでいるので、ちょっとかわいそうになってきた。
「ほら、ボリスもお祈りしましょう、ね」
「はい。もう酒は飲まないです、酒は敵です、酒は……」
「はいはい、そのことも含めてお祈りしましょう、ね?」
「……はい」
一体どれだけメイジーにこってり絞られたのだろう。想像はつくので、とりあえずボリスを慰めながら教会へ向かうことにする。
わたしは教会へ向かいながら、ちゃんと建物などを見て歩けるかなと色々心配になってきた。
それでも、何としてでもこのお金を使い切らないと。
両親や姉様に心配を掛けるだけだもの。
そう言い聞かせ、とりあえず教会に辿りつくや否や修道士をつかまえると、寄付したいと告げて、少し多めに渡し、祭壇へ向かう。
途中、見上げた天井には天使や聖人がまるで舞い踊っているかのような美しい絵が描かれていて、思わずほぅ、と息をつく。
ようやく、その絵を見て気分も落ち着いてきたので、神様の像に向かって祈りを捧げた。
祈るのは姉様の結婚がうまく行くようにということと、王宮にいた令嬢たちがあの状況から抜け出せるようにということ。
そして、自分のためにもひとつ。
――どうか、いい結婚相手に出会えますように。
少なくとも、優しいひとがいい。
出来れば、好きになって欲しい。もっと言えば、姉様ではなくわたしを見てくれるひとがいい。でもそれは高望みのような気がしたので、わたしは最後自分に向けて微苦笑して、祈り終えたのだった。




