転生した俺の婚約者が前世の推し(アイドル)にそっくりな件
「はじめまして、クラウン様。わたくしはエミリアです」
そう言ってたどたどしくお辞儀をして少女は・・・前世で俺が推していたアイドルのエミちゃんにそっくりだった。
始めまして。自分は公爵令息のクラウンだ。由緒正しい一族の跡取りで、自分で言うのもなんだが、頭も顔もハイスペックだ。
そんな俺には誰にも言えない秘密がある。それは前世の記憶があるという事。前世の俺は日本という国で一般的な社会人だった。そして重度のアイドルオタクだった。別に悪い事ではない。ストレスを発散できる趣味があるのはいいことだ。俺は推しのエミちゃんに稼いだ給料の半分は捧げていたと思う。そんな俺は握手会の帰りに車にひかれて死んだ。握手した手が血で汚れたじゃないかクソ。
前世の俺のことは良い。大切なのは今だ。今の俺に必要なのは今後、貴族として国を支えていくための知識と力だ。そして、一緒に支えてくれるパートナー・・・。
「クラウン様。先ほどから難しい顔なさってどうされたの?」
そう言って俺の顔を覗き込んできたのは婚約者のエミリアだった。
「すまない。先ほどの授業の問題を考えていた」
「そうですか」
はい嘘!!俺はエミリアのことを考えていたんだよ。素直に言えないけどね。婚約者のエミリアは俺の推しだったエミちゃんにそっくりだった。最初に会った時の衝撃は忘れられない。俺は転生したのではなく、まだ天国に居るのかと思ったね。だって、小さいエミちゃんが目の前に居たんだよ?
そんな衝撃の出会いから10年は経った。今は、二人とも王立の学園に通っている学生だ。今は昼休み。エミリアと二人でランチ中だ。
「クラウン様は私と居ても楽しくないでしょう」
「そんなことは無い。婚約者と一緒で嬉しくない男はいないよ」
「そうですか?たまには男友達と一緒にご飯を食べたいとかありませんか?」
まったく全然思わない。なにが悲しくて野郎の面を見ながら飯食わなきゃいけないんだ?エミリアと一緒の方が100倍美味しく感じるわ・・・って素直に言えたらいいのだが、俺の口から出たのは「そんなことはない」というそっけない一言だった。
「また、やってしまった」
家に帰ってベットの上でコロコロ転がる。エミちゃんに似ているエミリアを前にすると緊張のあまり素っ気なくなってしまうのだ。俺だって、エミちゃんとエミリアは別人だってことくらい分かってる。だって、エミリアはエミちゃんの嫌いなトマト食べるし・・・。
「ああ、エミリア」
枕もとの小さい額縁に手を伸ばす。描かれているのは幼少期のエミリアの姿。写真なんて便利なものはないこの世界。お見合い写真の代わりの絵が、俺の手元にあるエミリアだった・・・ブロマイドが欲しい。そして、明日こそはと思って眠りにつくのであった。
「クラウン様!!こんにちは」
放課後、こちらに走ってきたのは最近学園に転校してきた少女だった。名をマリアと言う。
「クラウン様。この間の授業で分からないことがあって・・・教えていただきたいのですが」
「ああ。良いよ。図書館に行こうか」
俺は優等生で通ってるからな。他の生徒からの相談なんて日常茶飯事だ。そして、エミリア以外の女子だったら気軽に話せる自分に軽く落ち込むのだった。
「クラウン様。お話があります・・・」
涙目でマリアが話しかけてきたのは、彼女が転校してきてから三ヶ月が経った頃だった。話すとなるとなると図書館はマズいだろうと思い、俺たちは裏庭へ移動した。
「マリア。話とは?」
「はい。私、最近嫌がらせを受けているんです」
「嫌がらせ?」
「教科書やノートを隠されたり、汚されたり・・・」
「先生には?」
首を振るマリア。そうか、教師はまだ知らないのか。
「それで・・・私、やった人に心当たりがあるんです」
「そうなのか?」
マリアは犯人に目星がついているという。
「誰だ」
「あの・・・エ、エミリア様です」
「・・・は?」
ヤベェ。素で声が出てしまった。エミリアがマリアに嫌がらせをしている?
「多分、私とクラウン様が最近、仲が良いことに嫉妬されているのだと思います」
「エミリアが・・・嫉妬」
「はい・・・クラウン様。どうか、エミリア様に・・・どうして笑われているのですか?」
笑ってる?俺が?いや、これはにやけているのだ。エミリアが嫉妬のあまり他の女性に嫌がらせをしているという事実に。しかし、今はにやけている場合ではない。慌てて表情筋を引き締める。
「いや、笑ってないが、そうか。エミリアが」
「はい。エミリア様にそれとなく嫌がらせを止めるようおしゃってください」
「分かった。任せてくれ。ちなみに、嫌がらせはいつからだ?」
「・・・2週間ほど前からです」
「分かった。俺から伝える」
「ありがとうございます!!」
次の日の昼、俺とエミリアはいつものように中庭で昼を食べていた。
「エミリア。聞きたいことがある」
「何でしょう?」
「マリアを知っているな」
「転校されてきた方ですね」
「ああ。そのマリアが最近、嫌がらせを受けているらしい」
「まあ・・・」
「その、なんだ、俺は最近マリアの勉強を見ていてな、心配なんだ。男より、女の方が噂話には敏感だろう。何か最近、変な噂は無いか?」
「・・・申し訳ありません。私は存じ上げません」
うつむくエミリア。俺は直球勝負をすることにした。
「その、噂でな。犯人はエミリアだという話があってな」
「私が・・・?」
「ああ。マリアに嫉妬したという話だ。馬鹿馬鹿しいだろ」
冗談めかしてエミリアに尋ねる。エミリアの反応を見るためだ。
「・・・馬鹿馬鹿しくなんて、ありません」
「え?」
「馬鹿馬鹿しくありません。私、嫉妬しております」
「エミリア・・・」
「嫌がらせなどしておりませんが、嫉妬はしております。クラウン様は私以外の女子生徒とは笑顔で話されていて・・・嫉妬しないわけがないではありませんか」
「本当に、本当に嫉妬してくれていたのか」
「当たり前です」
「エミリア・・・」
「クラウン様・・・」
そして二人の影が一つに・・・
「騙されないでください!!クラウン様!」
二人の空間に割って入ってきたのはマリアだった。
「嫌がらせの犯人はエミリアなの!!どうして罰さないの!?」
「エミリアは自分ではないと・・・」
「嘘よ!嫉妬してたって言ってたじゃない」
「言ってはいたが、エミリアは嫌がらせをするような性格では」
「そんなの分からないじゃない!!」
マリアの大きな声で周りに生徒が集まってきた。
「犯人はエミリアなのよ!!」
まずい、このままではエミリアに悪評が立ってしまう。仕方ない。最終手段を使うか。
「分かった。はっきりさせよう」
俺は周りの生徒にも聞こえるように大きな声で呼びかけた。
「影の者。許す。ここに姿を現せ」
そう言うと俺の横に一人の男が現れた。
「こいつは俺がエミリアにつけていた影だ。影、ここ2週間のエミリアの様子を話せ」
「はい。エミリア様は毎日、授業に出た後は真っすぐお帰りになり、普段と変わらずに過ごしておいででした」
「マリアに嫌がらせは?」
「されていません」
「ならば、エミリアは犯人ではない。以上だ。下がれ」
男は姿を消した。
「影?」
「エミリア。許してくれ。君が心配で影を勝手につけていたんだ」
・・・本当はエミリアの昼休み以外の様子が知りたかっただけなんだけどね。心配だったのは本当だよ。ほら、現代だとブログとか呟きとかで24時間様子が分かるけど、この世界には無いからさ。影をつけて報告を受けてた訳。つまり、影はエミリア日記みたいなものだよ。そこ、ストーカーって言わないで。
「クラウン様。そんなに私のことを・・・」
「君は美しいから・・・余計な虫がつかないか心配で」
「そんな、私の目にはクラウン様しか映りませんわ」
「エミリア・・・」
「クラウン様・・・」
「だから何なのよ!?完璧当て馬じゃない!?こんなの知らない!私はヒロインなのよ!?」
中庭にマリアの声が再び響いたが、もう、二人には関係のない事だった。
いや、お前ストーカーだよ。