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生きる人

作者: 井邑ハイリ

いつだってどこでだって人は生きていけるよ、信念さえあればさ。


昔どこかの誰かが言った言葉。でも、じゃぁさ。

その信念がない人は、どこでなら生きていけるんだろう。


やぁ。


……誰だ、お前。


さぁ、誰かの何か。何かの誰か。誰なのか、なんて考える必要すらない。そんな何処にでもあって何処にもいない、そんな曖昧な奴さ。


そう。じゃぁ、放っておいてくれる? 僕はこれから、この世界から脱出するんだから。


へぇ、こんな見晴らしの良い素晴らしい場所から脱出なんてまったく酔狂なもんだね。


ほっといてくれよ、お前には関係ないだろ。


まぁね。でも、この世界から脱出する前に、少し遺書でも残しておく気はないかい? ほら、よくあるじゃない。「最期に言い残した事はないか?」


それもそうだな。じゃぁ聞いてくれるか? とってもつまらない、胸くそ悪い、しがない馬鹿な人の空回りを。



僕の居場所なんて何処にもないんだ。

必死に周りに溶け込もうと空回りの努力だって、心の中でみんなあざ笑っている。


なんだよ、あいつ。必死になってだせぇ。

どうせお前なんか誰にも相手にされないくせに。


クスクス、クスクス。


無限の嘲笑が頭に響いて足が竦む。

あぁ、本当になんて下らない僕の人生。

きっといつか死んでやる。そう思って生きて来た。



そうして、それを実行する時がとうとうやってきた。ただそれだけさ、どうだ、つまらないだろう? まったく下らない。


そうだね、どうしたって下らない。だって君は今だって、死ぬ気なんてないんだろ? 脱出なんて言葉を変えて言ってるけど、死ぬのは怖いからせめて言葉を変えて、紛らわせようって事だろうけど、結局君は、ここから飛び降りて死ぬ事は出来ない。


はぁ?! 何なんだよ、お前。お前に一体何が分かるんだよ。俺は脱出するんだ!! ここから飛び降りて綺麗さっぱりこと薄汚れた息が出来ない世界からおさらばだ。


じゃぁ、今ここで飛び降りなよ。

こうやって何処の誰かもわからない奴とベラベラ御託並べあってないでさっさと行けば良いだろ。


お前のせいでそんな気失せたよ!

今日はやめだ。またいつかだ。


そう。でもさ、そのいつかはいつ来るの?

いつかいつかいつかいつか。

そう言っていつまでも生き続けて縋り付くのってすごく惨めだよね。


うるさいなぁ!!!

何なんだよ、じゃぁお前が教えてくれよ、僕に一体何が足りないんだ! 僕になくてあいつらにあるのは一体何なんだよ。教えてくれよ、なぁ。


あーあ。

だからダメなんだよ、人にすぐに縋り付いて自分でちっとも考えないから。

言っただろう? 生きていくのは何処でだって出来る、必要なのは信念さ。

ねぇ、君に信念はあるのかい?


信念? 僕の信念、そんなもの。


難しく考える必要はないよ。君はなぜいつか死んでやると思いながら、ここまで生きてきたの?


僕はただ……死ぬのが怖い、弱虫なだけだ。僕はいつだってどんな事があっても、それこそ死んでしまった方が楽になれると思うことがあっても、それでも死ぬのが怖くて、惰性で生き続けているだけ。


それで良いんだよ。

君は、死にたくないから生きている。

それが君の信念だ。


はぁ?! そんな事で良い訳ないだろ!! みんなもっと立派な信念を持ちながら生きているのに、僕だけそんなちっぽけなモノでここに縋って言い訳がない!!


そんな事はないさ。みんな信念なんて下らない、そんな崇高なモノを持っている人なんていないよ。君の言う立派な信念なんて、そんなもの全部後付けの理由だ。生きている中で人はその崇高な理念を見つけ、偉そうに周囲に語って踏ん反り返っているだけさ。


そんな事、なんで分かるんだよ!!


そりゃ、僕だって同じだからさ。

大体、君の信念を一番受け入れられていないのは、他の誰でもない君自身だろ。


え……?


君の生きる為の信念を受け入れられず、笑われてると悲観しているのも全部君自身だ。

大丈夫だよ、人は、世界は、みんな君が思っているより優しい。


本当に?

僕はずっと、この世界で爪弾きにされて、人はみんな意地悪だと思ってた。みんな僕を見て嘲笑って、馬鹿にしてるんだって、ずっとずっと怖かった。


それは君がまだ世界のほんの少ししか見ていないだけだ。

大丈夫、君の勇気を見て、きっといつかこの世界の誰かが手を差し伸べてくれる。

居場所はみんな自分の手で作っているんだから。それは誰でも怖いし、勇気がいる事だけど、君は逃げずに闘ってる。だから大丈夫だよ。


……本当に、僕は僕の居場所を見つけられるのかな?

だって今まで見つからなかったのに、どこにも居場所なんてなくて、迷子になって、いつのまにか迷子になっているのかすら分からなくなって、探すことすら諦めてしまったこんな僕に。


平気だ。そんな簡単に居場所を見つけられる人なんてきっといない。

それにここは居場所じゃないってスルーした場所が案外、時が経つと自分にとって居心地が良い場所だったりもするんだから。


そうか、うん。僕頑張ってみるよ。

まだ恐いけど、もう少しだけ探してみる。死にたくないから生きている、そんな小さな信念を胸に崇高なモノを探してよう。

でももし、見つからなくて辛くなったら、また君に会いに来ても良いかな?


勿論、いつだって大歓迎さ。

君の居場所が見つかることを、崇高な生きる理由が見つかることを祈っているよ。


ありがとう……いってきます。


いってらっしゃい、気を付けて。

……君の居場所は一つ、既にあるんだけど、それを言うのは野暮かな、きっと。


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