お金持ち、宿代を体で払う
物心ついたときから、要領は誰よりも良かった。
小学校に入るころには親から注意されることも滅多になくなり、中学校に入るころには誰かに何かを言われる前に行動した。
人の観察も得意なのか、目の前の人間が何を求めているのか。どうして欲しいのかが手に取るようにわかる。
自分で言うのもなんだが、さわやかな風貌も相まってちょっとした詐欺師のようだなぁと思ったこともある。自分の特性をよく理解しているつもりだし、この武器を最大限に使って生きていく。
まずは目の前の少女に気に入られよう。
「食器洗い終わりました。こんな感じでいいですか?」
「お、はええじゃねえか! 仕事も丁寧だし、言うことねえな。それじゃ次は」
「食器はあの棚に並べればいいですよね。周りの置き方と合わせて置いときますね。終わったら食堂の掃除をすればいいですか?」
「あ、ああ。そうだな、掃除用具はそこに置いてるから」
仕事を急いで片づけていく。
はっきり言って時間が惜しい。
情報収集をしなければいけない。
「一通り仕事おわりました」
「もう終わったのか!? ウチがやるのと、大して変わんねーんじゃねえのか?」
「そうですか? ありがとうございます」
まずは、この少女から情報を手に入れていこう。
「今更ですが、お名前はなんて言うんですか?」
「リーネだよ。呼び捨てでいいよ。あと別に敬語はいらねーよ。どう見たってお前のほうが一回りくらい年上だろ。お前はなんていうんだ?」
「藤井雄星。友達からはユウって呼ばれることが多いから、そう呼んでくれ」
「珍しい名前だな。おっけ、わかったよ」
やっぱり日本でなさそうだ。もしかしたら今はやりのキラキラネームという可能性もなくはないが、状況を考えるとその可能性は低いだろう。
だが疑問なのは、明らかに日本人ではないのにも関わらず、日本語をしゃべっているところ。日本語を公用語にしている場所はあるにはあるが、見た目が欧州の人間の地域ではない。というか、日常会話で使っているのは日本くらいだ。
つまり、今わかっているのはここは日本語を話す日本ではないところ。
そして、生活水準は極めて低いこと。
「こんなこと言うと追い出されるかと思って言わなかったんだけど、記憶が混乱しているのか今いる国の名前すら思い出せなくて」
「追い出しゃしねーけどな。バビログラート国、ミナール領のペトナジャンカという町だよ。何か頭強く打ったのか? 着ていた服、血まみれだったしよ」
「そういえば服、着替えさせてくれたんだな。ありがとう。色々と世話になって助かるよ」
「いーんだよ。全部、頭の悪い親父がやってるからな。その服もくれてやるみたいだから、ずっと着とけ」
前の服は血まみれだったようだ。つまり、意識を失う前の出来事は実際に起きたのか。
そして、俺の知らない国だ。彼女の様子から嘘を言っている様子もない。
つまり、俺はタイムスリップなどしたわけじゃないということか。古今東西、そんな国の名前は聞いたことがない。
……いや、まて。何かがおかしい。
「どうしたんだ。考え込んでよ」
「ちょっと適当に数字を言ってくれ。五十個くらい言ってくれれば助かる」
「ああん? いいけどよぉ」
リーネが適当な数字を早口で言っていく。
俺はそれを神妙な面持ちで聞いている。
「ふぅ。これでいいのか?」
「……あぁ、ありがとう。ちょっと気になったことがあってな」
「ほんと変なやつだな、お前」
変な奴を見る目で見られてしまった。だが、これでわかった。
リーネに言ってもらった適当な数字、すべて覚えていた。
記憶力が異常に良くなっている。朝からのすでに一時間以上は経ってるはずだが、全て鮮明に思い出せる。
だがそれよりも、一番気になったのが自分の知っている国を思い出そうとした時だ。
学生時代に勉強したとはいえ、全ての国の古今東西の名前を思い出せるほど記憶していたわけではない。それなのにも関わらず、今までの知識があふれるように思い出せた。
自分が生まれた時からの記憶を思い出していく。
不思議な感覚だった。まるで今さっき体験したかのような、走馬灯のような。何とも言えない感覚だった。
「瞬間記憶能力と過去の経験を全て鮮明に思い出せる能力――か」
死にかけたおかげで、超能力でも手に入れたのだろうか。
「なんか言ったか?」
「いや、なんでもない。この後まだ何か仕事は残ってるか?」
「しばらくは大丈夫だ。次は昼からだな。普段一人でやってる仕事を倍の速度でやっちまったから暇で仕方ねーや」
「それじゃ情報が手に入る……本とかが読める場所はあるか?」
「ああ、それならこの町の管理所。そこなら色々あるし、話もきいてくれるんじゃねーかな」
「それじゃ、昼までそこに行ってみる。また戻ってきたら仕事教えてくれ」
「ああ、遅くなるんじゃねーよ」
俺は管理所の場所を聞き、そこへ向かった。