お金持ち、無一文になる
目覚ましがならない。今日は珍しく目覚ましに起こされる前に目が覚めたのだろうか。
右手を頭の上へと伸ばして携帯を探す。いつも置いてある場所にない。
それでも探していたら、何かに手が当たり床に落としてしまった。
大きな音がして、目が覚める。
「あっ!!!」
朝のまどろみの中、記憶が混濁していたが少しづつ眠る前の出来事が思い出されてきた。
急いで体を起こし、腹部を触るが何もなかった。
「傷のひとつもない。どうなっているんだ? というかここは一体」
冷静になって周りを見渡すと、どこかの別荘のような場所にいた。
病院じゃないのか。そもそも、傷はどこへ行ったのか。夢だったとしたら、ここは一体どこなのか。思わず頭を抱えていると
「おい、大丈夫か!」
少し小柄な、少女が部屋に入ってきた。
というか一番気になったのが
「……素敵な髪色ですね」
「あぁん? 別に珍しくはねえだろ」
真っ赤な長い髪を、三つ編みにしていた。
どう考えても珍しいし、これだけきれいな赤色の髪を自分の目で見るのは初めてだ。
「ここは一体どこなんですか? 記憶が混乱しているのか、ここにいる理由がわからなくて」
「ここは宿屋だよ。つぅか、むしろ何があったか知らねえけど、人の店の前で倒れやがって。宿代は持ってるんだろうな?」
「現金は持ち歩かない主義なので。クレジットならありますよ」
「……くれじっと? なんだそれ」
クレジットカードが通じない。というか常識が通じない。
俺が明らかにパニックになって動きを止めていると
「おやじぃ! やっぱ金もってねーじゃん!!」
「はっはっは。だろうな」
「だろうなじゃねーよ! 宿屋は慈善事業じゃねーんだぞ!!」
ソフトモヒカンの屈強な男が立っていた。俺の二回りくらいはでかい。
この男が、ここの主人なのだろうか。
「大方、追いはぎか何かに襲われたんだろ。金目のものなんてあるわけがない。体で払ってもらうさ」
「そんなの宿代に比べれば二束三文じゃねーかよ。いくら兵士時代の蓄えがあるからって、そのうちなくなっちまうぞ」
なんだか不穏な会話をしている。常識が通じない人たちが体で俺に金の代わりを払わせようとしている。
俺が不安で冷や汗をかいていると
「まず最初は皿洗いからだ。次は部屋の掃除をしてもらうぞ」
「はぁ……?」
頭の中の情報がまとまらないまま首をひねっていると、少女が俺の手を取り引っ張っていく。
そのまま外の洗い場へと案内された。木の食器が山のように積まれていた。
「この桶の水使ってくれたらいいからな。まずこっちの、桶で洗った後、最後にこっちの桶で洗う。それで――」
洗い方の説明を受ける。
とりあえず説明を最後まで聞き、疑問だったことを聞く。
「水道とかないんですか?」
「……すいどう? さっきから訳がわかんねーこと言ってんな。そんな働きたくねーのかよ」
首を振り、急いで手を動かし始める。
手際の良さを少女に褒められつつ、俺は頭を動かす。
……ひとつだけわかった。ここは少なくとも俺が知っている日本ではない。