プロローグ
はじめて声を交えた時の喜びも、はじめて手をつないだ時の緊張も、はじめて腕を組んだ時の恥ずかしさも、すべては過去のもの。
はじめて唇を重ねた時の味も、はじめて肌を重ねた時の温もりも、今は何も感じない。三年という月日の中で、ごく日常的な行為としてそれらを行えるようになっていた。
これが慣れというものならば、僕はそれを喜ぶべきなのだろうか。
あれほど興奮と希望に満ちた世界に、望んでいた未来に今僕は居るはずだった。でも今となっては、ここがそうなのだと意識しない限りそのことは認識できない。
かつて望んだ幸せな世界に僕は居る。僕らは居るはずなんだ。
携帯電話を開くと、電話もメールも来ていないことが証明されてため息がこぼれた。
窓の外は紅葉が路面を埋め尽くし、窓ガラス越しに防寒具を身につけた学生がちらほらと行きかっていた。
季節は秋の終わりで冬の始まり。
文化系サークルの部室が集まったサークル棟は、寒々とした空気が流れていた。部室の隅には文化部のOBが置いて行ってくれた旧式の電気ストーブがあるものの、暖かくなるまでまだしばらく時間がかかるだろう。
身体をさすりながら窓の外をなんとなく眺めていると、机の上に置かれた携帯電話が振動してメールの着信を知らせてきた。
僕は急き立てられるようにメールを開いて相手を確認すると、メールの相手は同じ大学の友人から、これから一緒に街に行かないかという誘いだった
僕は了承の旨を返信し、ため息をついて部室を後にした。