被害者の言葉
少し前に書いた作品です。あの事件というか問題がニュースで報道されていた時に考えました。
10月5日 日付をまず言っているがこれは文字で書かれた日記ではない。私の脳の中に作りだしているメモ帳に書いている所だ。
この言葉達は現在進行形で動いており、今このように言葉が並んでいるのも私の頭の中で言葉が生成されているからなのである。
私の娘は10年前にとある人物に殺された。
犯人は当時14歳の少年。「綺麗だから殺した。」という気の狂った理由で殺人を犯したのに少年法という壁により彼は守られていた。
少年はあれから医療少年院に送致。成人後少年院を仮退院。名前も変え普通に暮らしている。
人殺しがのうのうと生きていけるこの社会を私は恨んでおり、この元少年に何かしらの制裁を加えたいと思っている。だが私にはそのような力もない。娘を失った私達夫婦はどうしようもない絶望に包まれ、やがて離婚した。
あれから私は娘の死から目を背くように無我夢中に働き今に至る。
40代後半になって人生を振り返ってもやはり娘が死ぬ意味も理解できないし、名前も知らない元少年の事を考える時がある。
私達、親に警察から与えられた情報はテレビのお茶の間を騒がす情報より少なく。だいたいの情報はテレビから知った。あの時の事件を面白そうに語っていたコメンテーターの顔は忘れることはないだろう。
ポケットの中に入っているくしゃくしゃになったタバコを一本取りだし口に含んでから先端に火を着ける。
肺の中に害煙を充満させた後に口から吐きだすと頭の中の嫌な感情が煙とともに体から出ていくような気分になる。
いつもならこの何度も心の中で思っている話はおしまいなのだが今回はそうはいかなかった。加害者だった元少年がネットでとあるサイトを作ったのだ。しかも過去に行った犯罪を自慢するような言葉がそのサイトには羅列してある。
あぁ、全くふざけている。この人間は人を殺したことに反省もしておらず死んだ者達を侮辱するような言葉を全世界の人々に見えるように公開をしているのだ。
「その姿を見て私はやはり美しいと思った。」私はサイトに書いてある言葉を見て吐き気とともにこの人物をどうにかして殺してしまいたいと思った。
怒りで我を失っていたが冷静に考えるとこのサイトを作った人は成りすましなのではないのだろうか?第一人殺しということが周りの者達に知られてしまったら今まで隠していたことが無駄になってしまうのではないか?こんなサイトを作った所で私以外の被害者の人達の怒りを買うことになる。なぜサイトを作ったのか?
私は自分の正体を偽ってこのサイトの主にメールを送ることにした。
「なぜこのようなサイトを設立したのですか?人を殺した事を世間に公開するなんて自分の身を危なくすると思うのですが?」返信が来ないとは思うがメールを送信することにした。
数日後意外なことに返信のメールが返ってきた。
「悪いことなんて何もしていないからです。私は美しいものを美しいままで終わらせただけなのですよ。」開いた口が塞がらなかった。こんな事を言う奴が二十歳を超えた人間なのか、同じ人間だと思えないし思いたくない。反省も何もしていないではないか。
目の前にある机を思い切り叩き付けて怒りを抑えようとするが収まらない。
何を言っているんだ?こんな奴が生きていていいのか?人を殺しておいてそんな事を言っているのか。こんな人間は生きている価値など存在しない。殺すべきだ。だが殺意をサイトの主に悟られてはいけない。引っかかった釣り糸は慎重に扱わなければ。
「なぜ、そう思うのですか?世間的に見るとあなたは人殺しですよ。」
「私は人を殺したとは思っていない。一番美しい姿で時を止めてあげたと思っている。」
「美しい姿とはどういうことでしょうか?」
「人間と言うものは世間の汚さを見てしまいどんどん穢れていってしまう。あの美しい少女が汚れていってしまうと考えるだけで許せなかった。だから穢れる前の綺麗な体のまま人生を終わらせてあげたのです。」
狂っている。この人間はこの世界にはいてはいけない存在だ。だがこの人物情報は何一つない。この人物を殺せない怒りと悲しみで頭が可笑しくなりそうだ。
…いや可笑しくなっている。なってしまったと言った方がいいのか。娘を失ってから私は可笑しくなってしまった。仕事を行うことにより娘の死からも妻が抱いている悲しみからも目を背けていた。そして残った物はなんだ?金?地位?妻も私の元を去っていった。
顔も解らないあいつのせいで何もかもが狂ってしまった。私の、妻の、娘の人生を狂わせられてしまった。
私の中に生まれた殺意は日に日に増していった。
こんな感じかな被害者の父親の抱いている感想ってのは。
あぁ、考えるだけで興奮する。人を殺して置きながらのうのうと暮らせるこの素晴らしき日本に感謝をしないとね。少年法万歳。
グラスに注がれている白ワインを一気に飲み干すと私は自分の股間をしごきだす。
あの時の事を考えるだけでもう興奮が抑えきれなくなる。顔の整った少女の歪んだ顔。血の色。私は少女を殺した。少年法に守られて今は自分の過去を知るものはいない。今の私はいたって普通の会社員だ。もちろん自分の正体を明かすつもりもないし反省もする気はない。反省も表面上だけで私の頭の中は常にあの少女の事を考えていた。
「綺麗だったな。」私は恍惚の表情を浮かべたまま果てた。