使命
ミリィとヘロヘロを追跡していくパックだったが……。
やがてパックは自分の使命を知ることになる。
かちゃり、とドアが開くと全員いっせいにそちらを向いた。
ホルン、メイサ、ホルスト、ニコラ。
ドアを開いたのはパックだった。
全身泥だらけ、あちこちすり傷だらけで疲労困憊している。
顔をあげたパックは驚きの表情になった。「父さん、叔母さん、ホルストさん、それにニコラ博士……?」
夜になり、パックは家に帰ってきたのだった。
よろよろと四人の前に歩きより、ホルンが指し示した椅子にどっかりと腰をおろす。
がくりと首がたれ、おおきく肩で息をしていた。
「どこまで行ったんだ?」
ホルンの質問に、パックは顔をあげた。
「峠まで……」
パックはミリィとヘロヘロを包んだ白球を追いかけ、夢中でムカデを走らせた。
しかし空を飛ぶ白球のほうが格段に早さが違い、すぐ見失ってしまった。
唇を噛みしめ、どうしようかと思案する。
ふと、この辺に帝国軍の総督府があることを思い出した。
そうだ、軍に救出を頼もう!
パックはムカデの鼻先をそちらの方向へ向け急行した。
帝国はさまざまな要衝に駐屯している。
なにしろいまだ共和国のゲリラが出没するし、治安維持も担っているからだ。
総督府はロロ村の近くでもっともおおきな軍の施設だ。
ロロ村からまっすぐ伸びる街道がこの地でボーラン市に続く街道と交叉して、交通の要衝となっている。自然、軍事的にも重要地点となっているため総督府とそれに付随する駐屯地は規模が大きい。
街道沿いには人家が立ち並び、総督府があるためか道路はきちんと舗装され、歩道には街路樹が数メートル間隔で植えられロロ村とはまるで別の繁華な様子を見せていた。
パックの乗るムカデは歩道をあるく人々の目を引いた。親に連れられた子供が、甲高い声で叫びながら指をさす。
やがて総督府の建物が見えてくる。
白い大理石で表面を飾られた総督府の建物は陽射しをまぶしく反射していた。
総督府の建物には翩翻とコラル帝国の帝国旗がひるがえっていた。建物の入り口近くでは軍の兵士が数人、見張りの任務についている。
建物の前には数台の軍の乗り物が駐車していた。
どうやら蒸気機関で動く乗り物らしく、いつでも発進できるようボイラーの火は落としておらず、後方の煙突からはもくもくと黒い煙が噴きあがっている。二、三人の兵士たちが暖を取るためか、ボイラーの近くでたむろして背中をまるめていた。
そこへムカデを運転して近づいたパックは兵士らの注目を浴びることになった。
「停まれ! 貴様、何者だ?」
銃を構え、兵士らがわらわらと駈け寄ってくる。
パックは叫んだ。
「大変なんです! ロロ村で魔王が暴れて、ミリィが攫われた!」
パックの説明に、兵士たちはぽかんとした表情になった。
「魔王? なんだそりゃ?」
「だからヘロヘロという封魔の剣に封じられていて……」
必死に説明するパックに、兵士たちは胡乱な表情になった。
「ともかくこっちへ来い!」
銃をつきつけられ、パックはムカデから降り立った。
背中に銃口を押し付けられたまま、総督府の建物に連れて行かれる。
「怪しいものじゃないですよ! とにかくロロ村で大変なことが……」
だが兵士たちはパックの言うことなど耳にかす様子もなく、建物の奥へと引っ張っていく。
「なんだ、その小僧は?」
連れてこられた部屋の向こう側で、なにか書類仕事をしていた軍服の男が顔をあげ叫んだ。
まるで数日間絶食していたと思われるほどげっそりと頬がこけ、目の下には黒々とした隈ができている。その割りに身動きは機敏で、パックはこの軍人はもとからこういう顔つきなんだと思った。
肩には中佐の徽章があった。
「はあ、ロロ村の住民だと申しておりますが、なにやら妙なことを口走っております」
ロロ村……?
と、中佐は首をかしげた。
「ああ、この近くの村だな。で、何があったというんだね?」
これはパックに向けての問いかけだった。
パックは勢い込んで、いままでのことを事細かに説明した。
ふむふむ、と一応親身になってパックの説明を聞いていた中佐だったが、説明が終わるや否や首をふった。
「魔王だの、魔法だの昼間からこの子供は酒でも呑んでいるのか?」
はっ、とパックを連れてきた兵士はかしこまった。
「いいえ、その様子はありません。ただ妙な乗り物で近づいてきたので、怪しいと思い停止させたのであります」
「妙な乗り物?」
「はあ、ムカデのような足が六対ついておりまして……」
「見せてくれ」
中佐は立ち上がった。
パックを連れてふたたび表へ出る。
建物の前に停止しているムカデに気づき、呆然となった。
「これは……どこの兵器だ?」
「ニコラ博士の発明だよ!」
「ニコラ博士?」
そこでパックはニコラ博士のことも説明するはめとなった。
中佐はうなずいた。
「科学省長官のテスラ博士に兄がいるとは聞いていたが、そうかロロ村にいたのか……」
「科学省長官?」
「そうだ、わがコラル帝国が誇る科学省の長官をなさっておられる。いままで様々な兵器を開発、発明なさった偉大な科学者だ」
そう言うと中佐は胸を張った。
ぽん、とパックの肩に手をやる。
「ともかくお前の村でなにか事件が起きたと言うなら、調査官を派遣するから調書はその後でとろう。ミリィという女の子が行方不明となれば、わがほうで捜索人として手配するからな」
駄目だこりゃ、とパックは肩を落とした。
まるで信じてくれない。
中佐は腰に両手をあて、にやにやしながら続けた。
「とにかく、魔法だの魔王だの夢のようなことを言うのはよしなさい。まあ、テスラ博士の兄の知り合いだと言うなら怪しいものではなさそうだが、頭がおかしいと思われるのがいやだったらあまり法螺はふかないほうが利口だぞ」
パックはムカデに乗り込み、アクセルを踏み込んだ。そっぽをむき、唇を噛みしめた。
こうなったら、誰にも頼むもんか!
しゅっ、しゅっと蒸気を吹き上げ動き出したムカデに中佐は目を丸くした。
「さよならっ!」
叫ぶとパックはミリィの連れ去られた北の方角へ向けてムカデを走らせていった。
「そこまで行ったんだけど、ムカデが動かなくなってあとは歩いて帰った。博士、すみませんでした。勝手に機械を動かして」
パックの説明にニコラは首をふった。
「いいのさ。あとで取りに行こう。たぶん、燃料切れだ」
メイサの顔を見てパックはすまなそうな顔になった。
「叔母さん、ごめん。ミリィは見つけられなかった」
おお! と、メイサは顔を手で覆った。その肩がふるえている。
ホルンは顔をおおきな手の平でぬぐった。
「帝国軍の連中に相談したというが、信じてはもらえなかったというのか?」
パックはうん、とうなずいた。
「あいつら、てんで信じてくれなかった……」
おれだって信じられん、とホルンはつぶやいた。
パックが見上げると、ホルンは肩をすくめた。
「すまん、なにしろおれが外に出たあとはすべてが終わっていたからな」
「なにがあったのか、わしには判らんよ。いまでもそうだ」
そう言って、ニコラは頭をなんどもふった。
ホルストは噛み付くように叫んだ。
「魔王が復活したのじゃ! あんたはそれをじぶんの目で見たのじゃないのかね?」
のろのろと目を上げ、ニコラはホルストを見た。
「魔王?」
「そうじゃ! おそれていたことがおきた。あのヘロヘロは魔王のなれのはてじゃ。千年間、封魔の剣に封じ込まれていたのじゃが、その封印をパックが解いてしまった……。千年の眠りは魔王をただの赤ん坊にしてしまったが、ギャンの悪の精神にふれ、本来の魔王が復活したのじゃろう」
「おれのせいで……」
パックは拳を握り締めた。
ホルストは首をふり、やさしく声をかけた。
「違うな、パック。お前の責任ではない。魔王を復活させたのは人間の中にある邪悪さなのじゃよ。思うに、わしらがいかにヘロヘロを悪に触れさせないよう気をつけても、いずれ邪悪に染まることはわかっておったことじゃった……」
「でもあいつの封印を解いたのはおれなんです」
「そこじゃ。問題は」
ホルストはぐっとパックに指をつきつけた。
「なぜ、お前がヘロヘロを剣から解放させることになったのか? お前が剣に触れたとき、なにがおきた? パック、その時のこと覚えているか?」
パックは眉をひそめ、考え込む表情になった。全員がパックの言葉を待っている。
「あのとき……剣に触れたとき、なんだか懐かしい気分になった……変なこと言うようだけど、あの剣がおれのもののような気がして……」
ホルストは腕をくんだ。
「やはりそうか。お前は伝説の勇者の生まれ変わりなのじゃ」
全員、ホルストの言葉にあっけにとられた。
ホルンがつぶやいた。
「パックが勇者の生まれ変わり?」
「そうじゃ。勇者はこのロロ村に骨をうずめた。いずれ魔王が復活することを予測しておったのじゃろう。
魔王は封魔の剣で封印されたが、滅ぼしたわけではなかった。いずれ魔王を真に滅ぼすための機会を待ったのじゃ。
勇者の子孫はその使命をうけ、剣に触れる儀式をつくりだした。
やがてその儀式は勇者に感謝するということに変わったが……しかし勇者の血は脈々とこの村に流れておった。おそらくパックは勇者の血をもっとも濃く受け継いでおるのじゃろう。そのため、封魔の剣は魔王を解放したのじゃ。勇者の子孫によって、こんどは完全に魔王を滅ぼすためにな。
パック、お前は魔王を滅ぼすための使命を受けたのじゃよ」
「そんな、おれ……まさか……!」
全員の注目をあび、パックは真っ赤になった。
ホルストはふたたび口を開いた。
「気の毒にな、パック。しかし魔王を解放してしまったことは事実じゃ。そのことに正面から向き合うべきじゃ」
「でも、どうすればいいんです。どうすれば、おれが魔王を滅ぼせるんです?」
「封魔の剣じゃ! あれは勇者が魔王を滅ぼすため鍛えあげた剣じゃ。おそらく、あれが鍵となる」
「しかし剣は折れてしまった」
ホルンが壁にかけられた剣を見てつぶやいた。
ホルストはうなずいた。
「そうじゃ、剣は折れてしもうておる。しかし、剣をふたたび鍛えなおす方法があるはずじゃ。パック、お前はそれを見つけなくてはならん」
「パックにそんな責任が?」
ホルンはホルストを見つめ、怒ったようにささやいた。
ホルストは肩をすくめた。
「しかたがない。すべては宿命なのじゃよ」
全員、黙りこんだ。みなの想いは伝説の勇者におよんでいるようだった。
やがてパックは顔をあげ、口を開いた。
「父さん、メイサ叔母さん。おれ、その責任を果たすよ。おれ、魔王を滅ぼして見せる!」
「パック……」
なにか言いかけたが、ホルンは口を閉ざした。
パックはメイサを見て言葉を重ねた。
「そしてミリィを連れ戻してあげる。叔母さん、おれ、なんとしてもミリィを取り戻すよ!」
メイサの目に涙があふれた。
「ありがとう、パック……」
ホルンが立ち上がった。
「今夜はもう、遅い。これからのことは、明日また話し合おう。良い知恵も、こんな暗いなかでは浮かばんからな」
メイサはうなずき、ホルンにうながされ家へ帰っていった。
ニコラも立ち上がり、ホルストにむかって話しかけた。
「それがいい。わしはホルストさんに少々聞きたいことがあるんじゃ」
「わしに?」
「そうじゃ。いまでもわしは魔王とか、魔法とか信じられないが、今日起きたことは起きたことで事実を検証する必要がある。あんたには悪いが、それを確かめるため協力してもらいたい。それがパックのためになるからな」
「わかった。協力しよう」
立ち上がったニコラ博士は奇妙な笑い顔になった。
「しかしあのテスラが帝国の科学省長官だとはな……今日、最大の驚きじゃよ!」
ふたりして出て行くとき、ホルストはパックをふり返った。
「パック。早まった行動をしてはならんぞ。すぐにミリィを探しに行こう、など考えてはおらんじゃろうな?」
ホルストの言葉は図星だった。
その顔を見て、ホルストはうなずいた。
「お前の気持ちもわかるが、少し待っておくれ。良い考えが浮かんだら、知らせるから、それまで待つのじゃ。よいな!」
パックはうなずいた。
全員出て行ったあとで、パックはずしりと肩にのしかかった責任の重さに打ちひがれる想いだった。
魔王を滅ぼす?
このおれが……?