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覚醒

ヘロヘロは魔王となってしまうのか? 魔王を覚醒させるものはなにか?

「学校へ行くわよ、パック」

 え? とパックはミリィの声に顔をあげた。

 食卓の向こうからホルンが眉をあげた。

 朝食をすませ、さあそろそろ登校時間だと思ったとたんである。

「珍しいこともあるもんだ。ミリィがお前をさそいにくるとはな」

 ホルンはにやにや笑いながらつぶやいた。

 キッチンの窓からミリィの笑顔が見えていた。

 パックは立ち上がり、カバンを肩からさげドアを開いた。

「お早う!」

 ミリィが声をかけた。

 となりにはヘロヘロが並んで立っていた。かれもまた肩からカバンを提げていた。

「今日から登校するのかい?」

 ミリィはうなずいた。

 ああ、そうか……とパックはつぶやくと外へ出た。

 歩き出す。

 ミリィは急ぎ足になって側へ来るとパックの顔を覗き込んだ。

「いやねえ、パック。なに怒ってんの?」

「別に……」

「あたしがなにかした?」

「何も……」

 ああ、そう。とミリィはつんと顔を上げた。

 ヘロヘロはそんなミリィの手をぎゅっと握ってついてくる。

 その頭に、ぽっちりとなにか突起のようなものが突き出している。

 ほんの、小指のさきほどのちいさなものだが確かに突起だ。

 いや、角といっていいだろう。

「それ……」

 パックが指さすと、ミリィは眉をひそめた。

「あ、気がついた? そうなの、昨日からヘロヘロちゃんの頭に生えてきたのよ。痛くはないみたいだけど、なにかしらね」

「角に見えるね」

「パックもそう思う?」

 ミリィの顔は心配そうである。

 昨日、ヘロヘロが頭がかゆいと言ったのをパックは思い出していた。あれがきっかけなんじゃないか。

 パックはにわかに不安にかられた。その不安がどこから来るのかわからないが、なにかとんでもないことの前触れのように思えたのは確かである。

 

 ヘロヘロの登場は教室にセンセーションをまきおこした。

 ミリィがヘロヘロを紹介すると、わっとばかりに教室の生徒たちはふたりを取り囲んだ。

「すっごーい!」

「ね、その肌色、本物なの?」

「触っていい?」

 突然に集まった生徒たちに囲まれ、ヘロヘロは目を白黒させていた。

 それをパックはやや離れたところから見ていた。

 ミリィは顔をあからめ、他の生徒たちの質問にこたえている。なんだかとても嬉しそうである。

「おい、ミリィちゃん、あの野郎にすっかり夢中じゃないか?」

 ふりむくとギャンだった。

 唇の端にうすく笑いを貼りつかせ、目には奇妙なひかりをたたえている。

「それがどうした。関係ないだろ」

「そうかい、このごろお前、ミリィとあまり会ってないんじゃないか? ヘロヘロとかいうやつにすっかり取られた格好だろ」

 ギャンは顔を近づけささやいた。ギャンの口からは、くちゃくちゃと噛んでいるハッカのきつい匂いが漂った。

 パックはかっとなった。

 ギャンに自分の胸のうちを言い当てられたような気がしたからである。

「だからおれには関係ないって言ったろ? あっちへ行ってろ!」

「そうかい……それじゃお前はあのヘロヘロにはなんの関心もないってわけだな? そうか、よくわかったよ」

 にやにや笑いをたたえつつ、パックから離れていく。

 どういう意味だ、とパックは言い返そうとしたがギャンは教室のうしろのすみの低位置に戻り、例の取り巻きをしたがえ、椅子にだらしなく腰掛けているだけだった。

 からり、と教室の扉が開きカース先生が入ってくる。

 たちまち大騒ぎがおさまり、教室はしんと静まりかえった。

 カースの目はヘロヘロに注がれた。

「今日、あたらしいお友達が来てくれました。ヘロヘロさん、と仰るのですね。ヘロヘロさん、立って皆さんに挨拶をお願いします」

 ミリィにうながされ、ヘロヘロはぐずぐずと立ち上がる。全員の注目を浴び、おろおろしていた。

 そのまま黙ってしまった。

 教室はしーん、とヘロヘロの次の言葉を待っている。

 やがてヘロヘロの黄色い顔が、真赤に染まってきた。

 ふつふつと大粒の汗が浮かぶ。

 と、ヘロヘロの両方の耳からぽーっ、と音をたて湯気が噴き出した。

 教室のみんなはわっ、と驚いた。

 どて、とヘロヘロは尻餅をつき目を廻してしまった。

 教室は大騒ぎになり、カースは叫んだ。

「みなさん、騒がないで! 静かに!」

 声をからして制止する。

 ミリィはヘロヘロの元に飛ぶように駈け寄るとハンカチを取り出し、ぱたぱたと顔のあたりを仰いでいる。

 やがてヘロヘロの目がぱちりと開き、あたりをきょろきょろと見回した。

 のぞきこむ生徒たち、そしてミリィに気づく。

 むっくりと起き上がり、えへへと笑う。

 どっと教室の全員が笑った。

 カースも苦笑いをしている。

 そのなかで笑っていない者がふたり。

 ひとりはパック。

 机に顎をのせ、背中を丸めヘロヘロとミリィを見ていた。

 パックはふと教室のうしろに目をやった。

 もうひとり、笑っていない者がいた。

 ギャンである。

 例のごとく背中を椅子にもたれかけ、だらりと腕をたらしていた。が、その視線はじっとヘロヘロに注がれている。その視線はねちっこく、粘りつくような執拗さをふくんでいる。

 

 授業が終わり、パックは教室を飛び出した。

 出て行く寸前、ちらとミリィとヘロヘロを見やると、ふたりは生徒たちにかこまれなにか熱心に話している。声をかけるかためらったが、結局パックはそのまま外へ出た。ミリィがこっちを見たようだったがそのまま学校を後にする。

 あーあ、なんだか気分がくさくさする。

 道すがら小枝を折り取り、振り回しながら歩く。道の両側に生えている樹木の枝についている葉をその小枝でむちゃくちゃに落としながら進んだ。

 おれはなにをやっているんだろう?

 ふとそんなことを思う。

 道の向こうからしゅうしゅう、ぽんぽんという蒸気の近づく音がしてパックは立ち止まった。

 パックの眉があがった。

 あれはなんだ?

 近づいてくるのは、巨大なムカデのような機械だった。

 体長五メートルほど、全体は六つの体節にわかれている。金属の身体はオリーブ・グリーンに塗られごつごつと沢山のボルトや鋲が打たれていた。

 機械はいくつもの金属の足が流れるように動き、道路をわさわさと動いている。

 ムカデの頭部にあたるところには蒸気エンジンと操縦席があり、ニコラ博士がハンドルを握っていた。

「博士!」

 パックが声をかけるとニコラ博士は顔をあげ、にこにこと笑いかけ機械の進行を止めた。

 パックは駈け寄った。

「博士、すごいや。あたらしい機械ですか?」

「うむ、まあな。ちょっと実験していたところじゃよ」

 ハンドルを握るニコラ博士はうずうずと頬に笑いを貼りつかせうなずいた。自慢したいのはやまやまなのだが、多少の見得もあって手放しで自慢したくはないというところか。

「わしの開発した、あたらしい蒸気エンジンでこいつは動くのじゃ!」

 ニコラ博士はぽん、とボイラーを叩いた。ぐいっ、とレバーを引くと、ぼおーっと汽笛が鳴り、勢いよくシリンダーから蒸気が噴き出しあたりを白く染めた。

「車輪を使うことも当初考えたが、あたらしい駆動方式を試す意味もあってな、このような形になったが正解じゃった。これなら石ころだらけの岩地や、起伏のはげしい草原でも楽々移動できるわい」

 操縦席のニコラ博士は操縦席のボタンを指差した。

「もし森などで前方に木が立ちふさがったときなど、これを使うのじゃ!」

 ボタンを押すとムカデの口から牙がにゅっと生えがちがちと噛みあった。パックは目を丸くした。

「乗ってみるか? ん?」

 もちろん、とパックはうなずき伸ばされたニコラ博士の手を掴んで操縦席に這い上がった。

 操縦席に座ったパックにニコラ博士はつぎつぎと操縦法を教えはじめた。

「よいか、このレバーがアクセル。そしてこっちがクラッチじゃ。ギアを変えるときはこっちのレバーを使う。これをこうすると後進、このレバーで姿勢を変える」

 パックが教えられたレバーを引くと、いきなりムカデの前部分の体節がもちあがり、あぶなくパックたちはひっくり返りそうになった。

「わ、わ、わ! 気をつけんかい!」

「ご、ご免なさいっ!」

 パックはあわててレバーを元に戻した。

 機械の頭部はふたたび下がり、姿勢は元に戻った。

「ふいーっ、驚いた。でも、どうしてこんな機能が必要なんです?」

「荒れ地などで岩があるときなどこの機能をつかって乗り越えることができるのじゃ。うまくつかえば、ほとんど垂直な崖すら上り下りできるぞ」

 パックはすっかり興奮していた。

「すごいや!」

 と、その時学校のほうからひとりの少年が走ってくる。

 目をほそめたパックはそれがコールだと気づいた。

 短い両足を懸命に旋回させ、必死に走ってくる。

「おーい!」

 パックはコールに向かって声をはりあげた。

 コールはパックに気づいた。

 パックの乗っている機械を見てぎょっと立ち止まる。

 パックは操縦席から飛び降り、コールに駈け寄った。

「どうしたんだ? なにかあったのか」

「ギャンが……」

 コールはぜいぜいとあえぐと、やっと落ち着いたのかパックの目をまともに見た。

「ギャンがあのヘロヘロってやつを学校裏で仲間と一緒に取り囲んでいるんだ。ミリィも一緒だ」

 なにい、とパックは身を乗り出した。

 さっとばかりにムカデの操縦席に飛び移ると始動レバーを握った。

「博士、この機械借りますよ」

 返事も聞かず、パックはアクセルを踏み込んだ。

 ぼおーっ、と汽笛の音がして機械はざわざわと足を蠢かし進みだす。

 あっけにとられていたコールは慌てて喚いた。

「おい、パック! おいていくのかよ?」

 ぎいーっ、とパックはブレーキをかけ、コールに手を差し出した。

「乗れよ」

「そうこなくちゃ!」

 するするとコールはムカデによじ登り、パックの隣りに座った。パックはそれを確認してアクセルを踏み込む。

 パックはハンドルを握り、ムカデを操縦した。たった一回教わったばかりなのに、ムカデの操縦はあきれるほど簡単だった。博士は必死になってムカデの頭部にしがみついている。

「こいつ、こんなにスピードが出るなんて計算外だ……!」

 え? と、パックはニコラ博士の顔を見上げた。

「じゃ、今日が試運転なんですか?」

 おほん、とニコラ博士は胸をはった。

「わしの設計がいかに優れているか、証明されたわい!」

 博士はそれでも満足げだった。

 

 がっしゅ、がっしゅと蒸気の音を立て、ムカデは全速で走っている。

 ときおり野良作業に出ている村人と出会うとみなわっ、と驚き口をぽかんと開け見送った。

 やがて学校の建物が見えてくる。

 校庭に走りこみ、パックはムカデを止め操縦席から飛び降りた。コールもその後を駈けていく。

 そのまま校舎の裏へまわる。

「おい、パック!」

 つられたように博士もパックを追って校舎の裏へと走っていった。

 校舎裏の森の中に踏み込むと、すぐにギャンたちの姿が見えた。

 森の中の開けた場所に、ヘロヘロを真ん中に輪をつくって取り囲んでいる。

 輪の中心のヘロヘロはべそをかいていた。

 ぼこ! と、ヘロヘロの頭に小石がぶつかる。ギャンの取り巻きのひとりが投げたのだ。小石がぶつかり、悲鳴をあげたヘロヘロを見て、取り巻きたちはげらげら笑っている。

 すでに何度も石をぶつけられた後なのか、ヘロヘロの顔は無残にはれあがり、出血のあとがあった。

 腰に両手をあて立ちはだかっているギャンにミリィが叫んでいた。

「やめてギャン! ヘロヘロちゃんにかまわないで!」

 必死にギャンを止めようとするが、それを後ろからツーランが羽交い絞めにしている。

 ギャンはじろりとミリィを見た。

「そうはいかんな。こいつは噂では魔王のなれのはてだという。ご先祖様が封印した魔王を、パックのやつが解放してしまった。危険じゃないか。いまのうち、殺したほうがいいかもしれん」

「殺す! あなた、なに言っているの?」

「村のためだ。こいつは生きていては世界にまた破滅をもたらすかもしれないじゃないか? 違うかね」

「そんなことない! ヘロヘロちゃんにはあたしが人を愛したり、大事にする心を教えてあげるつもりなんだもの。絶対、世界を破滅させるような魔王にはさせないわ!」

「坊っちゃん、ミリィを黙らせてくださいよ!」

 ギャンの右手にいるダルトという逞しい体の若者がいらいらして叫んだ。ダルトは学校を卒業して、いまは農作業についている。が、在校中からギャンとはつるんでいることが多く、卒業後もこうして取り巻きのひとりでいるのだ。ダルトは手に棍棒をもっていた。ダルトの父親はギャンの父親サックの農地を借りて交錯している小作人で、自然ギャンのことを坊っちゃんとよぶ。

 ぺっと手に唾をつけ、ダルトは棍棒をふりかぶりヘロヘロに打ちかかった。

 ミリィが悲鳴をあげた。

 ごつ、といやな音を立て、棍棒がヘロヘロのどこかに当たった。

 うむ……とひとこえ唸るとヘロヘロはしゃがみこんだ。そのまま動かない。気絶したのかもしれなかった。

「はなして! ヘロヘロちゃんが死んじゃう!」

 目に一杯涙をため、ミリィは叫んだ。

「ギャン!」

 たまらず、パックは叫んだ。

 ギャンはゆっくりとふりむいた。

「なんだ、パックか……お前はあいつのことは知らんといったばかりじゃないか。邪魔するなよ」

「パック! ヘロヘロちゃんを助けて!」

 ミリィの言葉にパックははじかれたように飛び出した。

「そらよ!」

 そのパックの足もとにダルトがひょい、と棍棒を放り投げた。

「わっ!」

 棍棒に足をとられ、パックはもんどりうって転んだ。さっと転んだ勢いで一回転すると、一挙動で立ち上がる。

「おっ?」

 パックの素早い動きにダルトはちょっと驚いたのか、とたんに用心深い表情になった。

 腰をかがめて棍棒を取り上げると腰をひくくして構えた。

 パックも身構えた。

 農作業で鍛えられているダルトの身体は、服の上からもはっきりわかるほど筋肉が盛り上がってごつごつとしていた。ほかの取り巻きの、やわな身体ではなかった。

「ダルト。良い機会だ。このパックに目上の人間を尊敬させることを教えてやれ! ただし甘く見るなよ。こいつの父親に剣を教えられているらしいからな」

 ぱしっ、ぱしっと手に棍棒を打ちつけ、ダルトはにやにやと笑っていた。

「なあに心配することねえです。おれだって多少剣の心得はあるんで」

 そう言うとダルトは棍棒を両手に持つと正眼に構えた。

 なるほど……確かに心得はあるようだ。

 パックは目を細めた。

 じりっ、じりっとダルトはパックに向け距離を縮めていく。

 パックには得物はない。

 やあ! と、ダルトは声をあげ撃ちかかる。

 さっとパックはそれをさけぴょんと一飛びすると距離をとった。それを見越し、ダルトは棍棒を横殴りにふった。

 パックは背をそらせ、あやうく避けた。

 焦りに、汗が噴き出した。

 このままではやられる。

 と、パックを睨んでいたダルトの表情が変化した。

 なんだろう、とパックは眉をひそめた。

 ダルトの視線はパックの背中ごしを見ている。

 ふるい手だ。

 背中に何かあると思わせ、おもわずふりかえったときに襲いかかるつもりだろう。

 が、ダルトのほかギャンの取り巻き、そしてギャンもまたパックの背中に視線を注いでいる。

 ミリィもあっけにとられた表情で同じ方向を見ていた。

 そのときようやく駈けつけたニコラ博士がパックに声をかけた。

「パック、そいつはいったい何者だ?」

 ようやくふりむいたパックは目を見開いた。

 そこにいるのはヘロヘロだった。

 が、それはいままでのヘロヘロではなかった。

 ずんぐりとした身体つきはそのままだったが、その表情が違っていた。

 細い目が妖しく光り、口にはにゅっと牙が生えている。

 そして頭の角が太く、そして長くなっていた。

 いまでは二十センチほどの長さにのび、太さも五、六センチはありそうだ。

 ぐふぐふぐふ……と、ヘロヘロは口の中でこもった笑い声をたてた。

「ヘロヘロ……お前……」

 パックが声をかけるとヘロヘロはぎろりと目玉を動かした。

「パックか……駆けつけるのが遅かったじゃないか……もしかして、ここに来るのは厭だったんじゃないのか?」

「なに言ってるんだ?」

 パックの胸はずきりと痛んだ。

 ヘロヘロのことは考えたくもなかった。だからギャンがあんな目つきで見ていたのに関わらず、教室を飛び出してしまったのだ。こうなることは判っていたのに……。

 はあはあはあ……とヘロヘロは低い声で笑った。

 パックはぞっとなった。

 魔王が復活した!

 その表情を覗き込んだヘロヘロは鷹揚にうなずいた。

「さよう、わしこそが魔王そのものである!」

 そう言うとギャンを見る。

 視線を向けられたギャンはへたへたと腰を抜かしていた。

「ギャン、とかいったな。礼を言うよ。お前のおかげで、本来のわしに戻れたからな。この角……」

 こつこつと指をあげ、角にふれた。その指には太く、鋭い爪が生えていた。

「これにお前の悪意、嫉妬、妄念がびんびんと響いてきた。お前の悪意は底なしだ。お前の暗い欲望にわしは目覚めたのだ……」

 わはははは……!

 ヘロヘロの哄笑はまるで物理的な力を持つかのようにあたりを圧倒する。ダルトは恐怖のあまりくらくらと目をまわしていた。

「ヘロヘロちゃん……」

 目に涙をため、ミリィはつぶやいた。彼女を羽交い絞めにしていたツーランはすでに雲を霞と逃げ去っていた。

 ほほ、とヘロヘロは軽く笑った。

「ミリィ、お前はわしに善良さを教えてやろうと思っていたようだが、それはいまはかなわぬことだ。が、お前がわしに寄せてくれた好意に免じ、お前だけは助けることにしよう。さて、魔王の復活の手はじめとしてこのロロ村を地獄の業火に陥としてやろう」

 ヘロヘロはさっと両手を天にのばした。

 上を見上げたパックは、いつの間にか空がどんよりと曇り、真っ黒な雲がロロ村にのしかかるようにかかっていることに気づいた。

 雲はまるで生き物のようにのたくり、渦をまいている。

 ぴかっぴかっと雲間から稲光が閃光を発していた。

 ひゅう……と生暖かな風が吹き渡った。

 風はパックの髪を乱し、あたりの森をざわざわと波立たせた。

 さっとヘロヘロは指先をたて、ロロ村を指差した。

 かっ! と稲妻が雲から地面にのび、ぴしゃーん、という派手な音が響く。

 ぼっ、と森の向こうからオレンジ色の炎があがり、もくもくと黒い煙が立ち昇った。

 ヘロヘロはちっと舌打ちをした。

「なんだ? 村を狙ったのに……。千年もの眠りで狙いが狂ったか……?」

 ぐっとミリィを睨む。

 彼女は立ちすくんだ。

 のしのしと近づくと、彼女の腕を掴んだ。

「ヘロヘロ!」

 パックが叫ぶと、ヘロヘロはにやっと笑い、ミリィの腕を掴んだままふわりと空中に浮かび上がった。

 そのままロロ村の方向へ飛び去っていく。

 それを見たパックはものも言わず駆け出した。目指すはムカデである。あれに乗って、追いかけるつもりである。

「浮いた!」

 見上げているニコラ博士は信じられない、といった表情になった。鋭い視線で浮かんでいるヘロヘロとミリィを見つめている。

「どこからも吊っている線など見えない……、これは手品ではないのか? 本当に魔法など存在するのか?」

 博士は眉をしかめ、唇を噛みしめた。

 ヘロヘロは叫んだ。

「面倒だ、このままロロ村全部を、この世の果てまで吹き飛ばしてくれん!」

「ヘロヘロ……やめて……そんなことしちゃ、いけない……」

 腕を掴まれたまま空中に浮かび上がったミリィは弱々しく首をふった。

 ヘロヘロはそれには答えず、ぐっと片方の腕をさしのばした。

 眼下にロロ村が見える。

 村のあちこちからは村人が家から飛び出し、空中に浮かぶヘロヘロとミリィをあっけにとられ見守っていた。

 その騒ぎにメイサが家から飛び出した。

 村人たちの視線を追い、空を見上げる。

 空中に浮かんでいるヘロヘロと、腕を掴まれているミリィに気づき、あっと叫んだ。

「ミリィ!」

 悲鳴をあげた。

 が、ミリィはメイサの声に気づいた様子はなかった。ぐったりしているミリィを見つめ、メイサはへたへたと腰を抜かし地面に座り込んでしまった。

 パックはムカデに乗り、ようやく追いついた。

「ミリィーっ!」

 叫ぶが、ふたりは高く浮かんでいて声が届いたかどうか判らない。

 ヘロヘロがおおきく腕をふりまわした。

 村をおおう雲の動きが早まった。

 まるでじょうごに吸い込まれる水の動きを見ているように、雲が渦を巻いている。

 ばりばりばりと物凄い音とともに、閃光が走った。

 電光が何本も雲から地面に突き刺さり、突風が村を駆け抜けた。

 雷電が地面に突き刺さり、オゾンの匂いが漂った。ぼっ、と立ち木に火がつき燃え上がる。さらなる突風が屋根瓦を吹き飛ばす。

 村人たちの悲鳴がした。

 ごおおお……。

 風が渦を巻き、立ち木の炎を村の家々に運んだ。藁屋根の家はたちまちマッチ箱のように燃え上がった。

 黒煙が立ち上り、空中にうかぶヘロヘロの顔を赤く染めた。

 ヘロヘロは叫んだ。

「吹き飛んでしまえ!」

 叫ぶとおおきく腕をふった。

 かっ、とさらなる白光。

 そのまわりで電光が激しくなり、密度を高めていく。

 ヘロヘロの顔が驚愕に歪んだ。

「な、なんだ……これは……ど、どうなっている……?」

 きょろきょろと目を動かし、唇を噛みしめた。なにか計算外のことがおきたらしい。

 空中に浮かぶヘロヘロとミリィのまわりに激しく電光が飛び、しだいにその間隔が縮まっていった。

 やがてすっぽりとつつみこむような球体を形作る。

 ヘロヘロとミリィの姿が白光に呑みこまれ、白く輝く球体となった。

 球体からヘロヘロのわめき声が聞こえてくる。

「違う! 違う! これは違う! なぜだ、なぜ魔力が効かない? こ、こんなこと……こんなことって……!」

 最後にうおーっ、という怒号があたりに響いた。それは怒りと、狼狽とが入り混じったような声だった。

 と、ひゅっという風きり音をたて白光は北方の方向へ飛び去ってしまった。

 あっというまにちいさくなり、空のかなたに消えてしまう。

 雲は消えた。

 かわりに青空がもどり、日の光がロロ村を照らし出した。

 風もやんでいた。

 ざわざわと村人たちが言い交わしはじめた。

「なんだ、ありゃ」

「ミリィの姿が見えたようだな」

「ミリィを掴んでいた、変な奴はだれだ?」

「たしかヘロヘロとかいう奴じゃないか」

「なにがあったんだ?」

 その中で、母親のメイサはいやいやをするように首をふっていた。

「ミリィ……ミリィ……」

 そこへやってきたのはホルンだった。

 地面にへたりこんでいるメイサに気づく。

「奥さん!」

 メイサはうつろな視線をあげた。覗き込むホルンの顔に気づいた様子もないようだ。

 ホルンは膝まづき、メイサの肩を揺り動かした。

「奥さん……! メイサ、何が起きた?」

「ミリィが……」

 それだけ言うのがやっとで、あとは両手を顔にうめ、すすり泣いた。

 パックは唇を噛みしめ、ムカデのアクセルと踏み込んだ。

 ぽおーっ、と汽笛が鳴り響き、あたりにいた村人たちは驚いて飛びのいた。

 その音にホルンは顔をあげた。

「パックじゃないか?」

 パックはちら、と父親とメイサを見た。

 ものも言わず、パックはそのままムカデを走らせた。

 ホルンはあっけにとられ見送った。

 目指すは白光が飛び去った方向である。

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