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折れた剣

パックとミリィの間に微妙なすれちがい……ヘロヘロと名乗った奇妙な人物はやはり魔王?

 聖剣が折れたというニュースはたちまち村にひろまった。

 パックの家には村人たちが入れ替わり立ち代り訪れ、持ち帰った剣を見にやってくるのだった。

 剣はホルンの手により、壁にあらたに棚をつくってそこに置かれることになった。まさかそこらの道具箱にほおりこむこともできまい、というのがホルンの弁であった。

 まじまじと折れた剣をものぞきこみ、村人の一人が口を開いた。

「ホルンさん、どう思うね。剣が折れるなんて、不吉なきざしとしか思えんが」

 うーむ、とホルンは家の作業場で鋤や鍬の修理の手をとめうなった。

「そんなこと、おれにはわからん。鍛冶屋のおれの目で見ると、この剣におかしなところはなにもないが……確かに昔の達人の技がふるわれていることはわかるがな」

 次の質問は剣のことだった。

「この剣、もとにもどせるかね?」

 この質問にもホルンは首を横にふるのが常だった。

「パック、いったいなにがあったんだね? 村のみんなは十三才になるとかならず剣に触れることになっておるが、引き抜いた者など聞いたことはない。なぜお前がそんなことできたんだ?」

 村人に尋ねられ、パックは困ってしまった。

 いったいなにがあったのか、一番知りたいのはパックのほうである。

 やってくる村人は半で押したようにおなじことをふたりに質問する。ふたりはおなじことを答えるしかない。

 わかりません、と。

 物見高い村人たちの中に、ギャンの顔を認め、パックはうんざりとなった。

 ギャンの目は冷たく執念深いひかりをたたえていた。

 またなにかよからぬことを企んでいるに違いない。

 その村人のなかに情報屋コールの姿もあり、熱心に村人たちの話を聞いている。

 このときこそ情報集めの好機とはりきっているのだろう。

 背の低いコールはちょこまかと走り回って油断ないひかりを目にたたえ聞き耳をたてているのがパックにはおかしかった。

 

 ようやく野次馬がいなくなると、ホルンは折れた聖剣を手にし、じっと見つめた。

「父さん、それ鍛えなおすつもりかい?」

 うむ……と、ホルンは顎鬚をひねった。

「やるだけやってみるか。パック、用意しろ!」

 おう! とパックは元気よく返事した。

 ふいごを操り、火種をおこす。

 ごうごうという音とともに炉に火が熾された。石炭が燃え、作業場のなかは猛烈に暑くなった。

 ホルンは鉄の挟み道具で聖剣をつかむと、赤く燃えた石炭のなかにつっこんだ。じっと鉄が熱くなるのを待つ。

 充分熱せられたところで引き抜き、ハンマーを打ち付ける。

 かあん!

 驚いたほど澄んだ音が響いた。

 かあん!

 なんども打ち付ける。

 ホルンのこめかみに汗が浮いてきた。

「駄目だ……」

 ホルンは首をふった。

 いきなりホルンは素手で折れた剣を握った。

「父さん!」

 パックは大声をあげた。たったいままで熱せられていたのである。火傷だけではすまない。手の平の肉が焼ける匂いを予感したパックは目を閉じた。

 が、なにごともおきない。

「やはりそうか……」

 ホルンはつぶやいた。

「大丈夫なの?」

 ああ、とホルンは答えパックに持っていた聖剣を指し示した。

「さわってみろ」

 言われてパックはそろそろと手を伸ばした。

 さわる。

 パックは目を丸くした。

「熱くない……冷えているよ」

 その通りだった。

 あれほど熱せられていたのに、聖剣の表面はまったく熱をもっていなかった。これでは鍛えなおすなどということは不可能である。

「おそらく、古代の刀鍛冶のわざで出来ているのだろうな。そのわざはいまは失われているのだ。この剣はわれわれには知られていない金属でできているに違いない。融点がおそろしく高く、熱してもすぐ冷めるのだ」

「それじゃ、もとに戻すことはできないのかい」

 わからん、とホルンは頭をふり腕組みをした。

 そうか、とパックはがっかりした。

 折れた剣がもとの姿を取り戻すところを見てみたかった。

 

 それより気になるのはミリィのことである。

 あの日以来、ミリィは連れ帰ったヘロヘロにつききりで、ほとんど一日中なにくれと世話を焼いている。

 ヘロヘロのほうもミリィに頼り、まるで子犬が母犬につきまとうように彼女のあとをついてまわっていた。

 毎晩の夕食にミリィがパックの家で一緒に食事をとることもやめていた。

 その日、いつものようにパックの家で夕食がはじまったが、席につくのはパック、ホルン、メイサの三人きりだった。

 メイサに聞くと、ミリィは家でヘロヘロに食事の世話をしているのだそうだ。

 ふうん、とパックはうなずいたがなんだか面白くなかった。

「ところでホルンさん。あのヘロヘロって子、どうします?」

 いきなり質問され、ホルンは目をしろくろさせた。

「なにを、ですかな?」

「まあ、いやですわ。学校ですわよ。あの子、字も読めないみたいなんですよ。ちゃんと読み書きくらい、教えてあげないと可愛そうですわ」

「はあ、そうですか。しかしあいつは……ヘロヘロといいましたかな。いったい幾つになるんですか。学校に通わせるにも、年令がよくわからんでしょう」

 ふたりの会話を聞いてパックは可笑しくなった。

 ホルスト老人の推測が確かなら、あのヘロヘロは千才以上になるはずである。

 パックよりも、ホルスト老人よりも、そしてこの世に生きているすべての人々よりも年をとっているわけだ。

 ホルンの質問にメイサも真剣に考え込んでしまったようだ。

 いくつでしょうねえ、と首をかしげている。

 とにかくふたりはヘロヘロを学校へやることにしたらしかった。

 

 翌日、パックは学校が休みなのでミリィの家に出かけた。

 家の前ではメイサが洗濯物を干していた。

「叔母さん、ミリィは?」

「あら、ミリィだったらヘロヘロちゃんをつれて出かけたわよ」

「出かけた? どこへ?」

 メイサは指をあげて山を指した。

「ふーん、それじゃ……」

 パックは駆け出した。

 メイサが何か叫んだようだが、聞いてはいなかった。

 ふたりが山へ?

 いったいなにをしに。

 山へ続く道を駆け登りながらパックは自分でもどうかしていると思った。

 それにしてもミリィはヘロヘロに構いすぎじゃないかとも考えた。

 どうしてそんなにヘロヘロなんかに夢中になるんだ?

 やがてホルストの小屋が見えてくる。

 小屋の前は草原になっていて、一面の花畑だ。

 そこにミリィとヘロヘロが腰をおろしていた。

 ミリィは花を編んで輪をつくり、ヘロヘロの頭にかぶせている。花輪を頭にかぶり、ヘロヘロはにこにこしていた。

「ミリィ!」

 パックが叫ぶとミリィとヘロヘロは顔を上げた。

「あら、パック。どうしたの?」

 どうしたの、と尋ねられパックは言葉につまった。

 何も言えず、パックは黙ってミリィとヘロヘロの前に近づくとどっかりと座り込んだ。

「パック、ヘロヘロちゃんって物覚えいいのよ。あたし、ヘロヘロちゃんにいま字を覚えさせているところなの。お母さんが、ヘロヘロちゃんを学校へやるっていうから、それまでにすこしでも学校の勉強についていけるよう教えてるんだ。ね、ヘロヘロちゃん。あなた、自分の名前書けるのよね!」

 ミリィは早口でそういうと、ヘロヘロに向かって同意を求めた。

 ヘロヘロはうん、とうなずき口を開いた。

「うん、ぼく、もう字を覚えた! 名前も書けるんだよ」

 偉いでしょう、とばかりに胸を張る。

 ミリィを見ると彼女も自慢げにヘロヘロを見ていた。

 それを見ているとなぜか腹が立ってきた。

 パックは嫉妬、という言葉を知らない。

 が、それは間違いなく嫉妬なのだ。

 と、ヘロヘロが急に顔をしかめ頭をぶるぶるっとふった。

 ミリィが乗せた花輪が頭からポロリと落ちた。

「どうしたのヘロヘロちゃん」

 ミリィが心配そうに声をかける。

「わかんない、頭がかゆい」

 ヘロヘロがつぶやいた。

 どれどれ、とミリィが覗き込む。

 ヘロヘロの毛の無い頭のてっぺんに、ぽっちりと虫の食ったような痕がある。ちょっとふくらみ、腫れているようだ。

「虫にさされたのかしら? 痛い?」

「ううん、かゆいだけ」

 そう、あとでお薬を塗っておきましょうね、というミリィの声を背中で聞きながらパックは立ち上がった。

 無性に腹が立つ。

 そのまま無言で走り出した。

 驚いたミリィがパックの名前を呼ぶ。

 パックは後をふり返らず走っていく。

 

 途中、ホルスト老人と行き逢った。

「おお、パックか。どうした、こんなところで?」

 呼び止められパックは顔を赤らめた。

 どういうわけか、恥ずかしくなったのだ。

「なんでもない」

 ホルストは顔をあげ、小屋の前の草原で座っているミリィとヘロヘロに気づいた。

 そしてパックを見る。

 老人の唇がすぼめられ、笑顔になった。

「ほう……あのふたり、仲が良いのう。いや、このごろしょっちゅうああやって花畑で遊んでおるのじゃよ。ちかごろはミリィはヘロヘロに勉強を教えておるようじゃな」

「さよなら!」

 老人のそばをすりぬけようとすると、ホルストは腕をのばしてパックの肩を掴んだ。

「まあまあ、わしの話しも聞きなさい。ミリィはヘロヘロに夢中のようだが、いずれおさまるよ。やがてお前とミリィの仲ももとにもどる。心配することはない」

 パックはホルストの顔を見上げた。

 老人のふたつのおおきな目がじっとパックの目を覗きこんでいる。かれの目は、わかっているよと言っているようだ。

 パックはかっと顔が熱くなった。

 なんだか自分の心の中を言い当てられたようで恥ずかしい。

 老人は顔中皺だらけにしてにこにこと笑っている。

「それじゃ……」

 つぶやくと村めざして走り出した。

 

 歩いていると、いつしかパックの足はニコラ博士の家に向かっていた。

 そういえば、あれから顔を出していないな、と考えパックは思い切って尋ねることにした。金色の少女、マリアのことも気になるし。

 博士の家はかなり修復されているようだった。

 壁のひび割れはまだ残っているし、屋根瓦も大部分落ちたままだ。だが窓ガラスには新しいガラスがはまっていて、無残な印象は薄れていた。

 玄関のドアの前に立つと、いきなりニコラ博士の声がした。

「パックか? よく来たな」

 声だけで姿はない。

 どこから聞こえているのか、パックはきょろきょろとあたりを見回した。

「なにをしておる。さっさと入って来い。ドアは開いているぞ」

 ドアのノブを掴み、開くとドアの上の方になにか望遠鏡の一部のようなものが見えた。レンズが動いてパックを狙っている。

 いつものように地下室に行くと、博士は見慣れない機械の前に座っていた。

「こんにちわ、ニコラ博士、それ、新しい機械ですか?」

 パックがそう言うと、博士はくすぐったそうな顔になった。

 誰かに自慢したいときの表情であることを、パックはすぐわかった。

 机の上にダイヤルや、つまみが沢山ついたコンソールがあり、その上に窓のようなものがある。窓には家の中から見た玄関前の景色が映っていた。

「これを操作していたら、お前の姿が見えたんでな。ちょっと声をかけたわけなんじゃ」

 そう言ってニコラ博士はコンソールのつまみを動かした。窓の景色がゆっくりと横に動き、隣りの家の前庭が映し出される。

「わあ、すごいや……これ、どこでも映せるんですか?」

「カメラのレンズがあるところならな。今のところレンズがあるのは玄関前だけだから、そこしか映すことはできんが、もっとレンズを増やせば村中のことがわかるぞ」

「声は? 博士の声だけ聞こえたけど」

「こいつを使う」

 博士は、喇叭のようなものを見せた。

「これに向かって話せば、遠く離れたところへ声だけ送ることができるのじゃ。レンズにはこれとおなじものがついているから、会話もできるのじゃ」

 パックは素直に感心した。

「すごいや。まるで魔法ですね」

 この言葉を聞くと、博士は眉をしかめ指をふった。

「違うぞ、パック。これは科学じゃ! 魔法などという非科学的なものではない。第一、魔法なんてものは子供のお話しに出てくるだけのことで、実際には存在しないぞ」

「でもホルストさんは魔法を使えるんです」

 博士は目を丸くした。

「なんのことじゃ?」

 そこでパックは山でおきたことを説明した。

 ニコラは難しい顔になった。

「それはたぶん、なにかの奇術ではないのかな? その老人が、お前たちを驚かせるため手品かなんか、使ったのに違いないわい」

 博士は喋っているうち怒りがつのってきたらしく、興奮して腕をふりまわした。

「けしからん! 子供をそんな手品などで騙すとは! 一度、意見しなくてはならんな」

「へえ……、じゃそのホルストさんに頼んで、一度博士と会うよう話してみますよ。ホルストさんの魔法が本物かどうか、試してください」

 博士はうなずき、ホルストの魔法の真偽について科学的な立証をしてみせるとうけあった。

 面白いことになってきた。

 パックはその日が楽しみだと思った。

 実際にホルストの魔法を眼にしたとき、博士がどんなことを言うのだろう。

 パックは地下室を見渡し、すっかりかたずいていることに気づいた。

「きれいになったんですね」

「ああ、なんとか実験を再開できるまでにこぎつけた。そろそろ次の実験にとりかかってもいいころだ」

 そう言うとニコラ博士は台の上のマリアを見やった。

 相変わらず金色の人形は、台の上で静かに眠っている。

 真鍮でできた彼女の身体は、ぴかぴかに磨き上げられまわりのメーターや、ランプの光を受けて輝いていた。

 博士はパックの肩を叩いた。

「再開のときは、パック。お前にも手伝ってもらわんとな!」

 パックはうなずいた。

 すっかりヘロヘロのことは念頭からさっていた。

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