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魔王?

封魔の剣が折れ、ひとりの怪人があらわれた。封魔の剣には魔王が封じ込まれているという。その剣が折れたということは、あらわれたのは魔王?

「おぬしはだれじゃ、どこから来よった?」

 ホルスト老人はじりじりとその人物に詰め寄った。

 見れば見るほど奇妙な人物だった。

 全体にぽっちゃりとして、おおきな赤ん坊のように見える。頭が大きく、手足が短いのでそう見えるのだ。

 だが皮膚の色は、なにかの染料で染めたかのようなレモンイエロー、唇は紫、頭には一本も毛が無くつるつるである。

 異様なのはその耳だ。

 ぴん、と尖ってなにかの獣の耳をくっつけたようである。

 鼻はひくくほとんどふたつの穴が開いているだけで、ふたつの目はほそく、目をつむっているかのようだ。が、そのせいでいつも笑っているように見える。

 さらに奇妙なのはその服である。

 だぼっとしたデザインで、目がちかちかするほど強烈なピンクと緑の配色の水玉模様をした上着に、腰には黒い革のベルトを締めている。ベルトには金色のバックルが昼の太陽の光にきらめいていた。

 ズボンもまただぼっとしていて、足もとは爪先が反り返った革のブーツにたくしこんでいる。

 背はパックよりも低そうだ。

 その人物はよちよちとした足取りで三人に近づいてきた。

 ホルスト老人はパックとミリィを守るかのように立ちふさがり、手をあげた。

「待て! そこで停まるのじゃ!」

 その人物は立ち止まった。

「ホルストさん……」

 ミリィが声をかけた。

「なんだか悪い人には見えないわ」

 だが老人は聴いているのかいないのか、肩をいからせ手の平をその人物にむけ、口の中でなにやらつぶやいていた。

 あの魔法だ!

 パックは老人が炎の魔法を使おうとしているのに気づいた。

 奇妙な人物は小首をかしげた。

 つ、と片足が動いた。

「!」

 老人が気合をいれた。

 ぼんっ!

 かれの手の平から巨大な火の玉が飛び、空中を走ってその人物の足もとの地面に落ちた。

 ずばあああん……!

「うわあ!」

 奇妙な人物は悲鳴をあげ、両手で顔をおさえると尻餅をついた。

 わっ、とパックとミリィは大声をあげ、老人の魔法の威力に驚いていた。

 が、もっとも驚いていたのがホルスト老人だった。

 わ、わ、わ、と叫ぶとじぶんの手の平を見つめていた。

「こ、こんなことに、こんなことになろうとは……!」

 驚きにその顔にはべっとりと汗が流れ、息は弾んでいる。

 あああん……!

 泣き声が聞こえる。

 見るとさっきの人物が尻餅をつき、天を見上げ泣いている。

 ふたつの切れ目のような目から滂沱と涙が流れ、大口をあげ泣いている。

 まるで赤ん坊が泣いているかのようだ。

 最初に動いたのはミリィだった。

 小走りにかれに駈け寄ると、かたわらに膝まづきその頭をなでる。

「大丈夫? どこか怪我はない?」

 くすん、くすんとその人物はしゃくりあげかるく首を振った。

 ミリィはほほ笑み、やさしく話しかけた。

「びっくりしたのね。でも大丈夫、どこも怪我していないわよ」

「本当?」

 人物ははじめて声をあげた。

 あどけない、といっていい子供のような声だった。

「ね、あたしミリィっていうの。あなた、お名前は?」

「名前?」

 そういうとかれは小首をかしげた。

 ぶるぶるっ、と全身をこまかく震わせる。

「ぼくの名前……」

 そういうと黙り込んだ。

 そしてぽつりとつぶやいた。

「ヘロヘロ……」

「ヘロヘロ?」

 ミリィが問い返した。

「うん、ヘロヘロ。ぼくの名前」

「ヘロヘロ、じゃと?」

 ホルストはずい、と一歩前に踏み出した。

 その眉がしかめられ、両目は険しくらんらんと輝いている。

「ホルストさん、どうしたの?」

 パックが尋ねると、老人はくるりとパックに振り返りささやいた。

「わしの記憶に間違いがなければ、それは古い言葉じゃ。いまはもう使われておらん、古い時代の言葉で、恐怖という意味なんじゃ。そしてその時代、それは”魔王”という意味もあわせて持っておった」

「魔王?」

「そうじゃ。あやつはどこから来た?」

「ど、どこって……」

「あの剣じゃ! あの”封魔の剣”があやつを封じておったのじゃ!」

「と、いうことは?」

 老人はゆっくりとうなずいた。

「あやつは、このロロ村のご先祖が封じた魔王のなれのはてなのじゃよ。おそらくな」

「で、でも……」

 パックはヘロヘロと名乗った人物を見やった。

 ヘロヘロはぺたりと地面にすわりこみ、なにくれと世話をやいているミリィをまるで母親を見るように仰いでいる。

 とても魔王には見えない。

「剣が折れた。そしてあやつが現れた。関係がないわけ、ないじゃろうが!」

 老人はいらいらと拳を天につきあげると、ふたたびはったとヘロヘロをにらみつけた。

「ミリィ! そこをどくのじゃ!」

「え?」

 それまでヘロヘロに関心をそそいでいたミリィは、ホルスト老人の荒げた声にびっくりして立ち上がった。

 老人は手の平をヘロヘロにむけ、口の中でなにごとがつぶやいている。

 ミリィは大声をあげた。

「ホルストさん、どうするつもり?」

「そやつを殺す! いまならわしの魔法で焼き殺せるかもしれん」

 ぐっとホルスト老人は全身にちからをこめ、精神を集中させた。

 かれの手の平にゆらゆらと陽炎のようなものが立ち昇った。

 うん、と気合を入れようとした瞬間、ミリィが飛び出し手足を伸ばしてヘロヘロをかばう姿勢になった。

「やめて! そんなこと許せません!」

 はっ、とホルスト老人は構えを解いた。ふっと緊張がさる。

「なぜじゃ! わしの話を聞いたろう。そやつはわしらのご先祖が封印した魔王なのじゃぞ! そのままにしておいては、いずれそやつはふたたび世界を滅ぼすため災厄をもたらすに違いないわい!」

 ミリィは叫び返した。

「そんなのわからないわよ! もしかしてホルストさんの勝手な思い込みかもしれないじゃない」

 う、とホルストは詰まった。

 確かにそうだ。

 そのヘロヘロが魔王であるということはホルストの推測に過ぎない。

 パックが触れた剣が折れた。

 そしてヘロヘロがいる。

 となれば、魔王を封じた剣からなにかが飛び出したと考えるしかないではないか。剣から出てきたなら、それは封じられた何者かであり、その封じられた何者かは魔王である。

 ならばヘロヘロは魔王である。

 という理屈だ。

 しかしいまのヘロヘロはとても魔王に見えない。

 黄色の肌、紫色の唇。

 とても人間とは思えない容貌だが、その態度は無邪気でまるで大きな赤ん坊のようだ。

 うむむむ……、とホルストは悩んでいる。

 ゆっくりとヘロヘロに近づき、かれを見おろした。

 ヘロヘロはぽかんとした顔で老人を見上げ、にっこりと笑った。

 まるきり他人というのに悪意のかけらもなく、恐怖すら感じていないようだ。老人がかれを魔法で焼き殺そうと宣言した後だと言うのにそんなこと何もなかったかのようである。

 老人はほっとため息をついた。

「わからん。こやつが魔王のなれのはてだとあのときは確かに思えたのだが」

 そう言うとふっと腕を上げ、額の汗をぬぐった。

 パックはあることに気づいた。

「ホルストさん。聞きたいことがあるんだけど」

「なんじゃ」

「魔法、使えるようになったんだね」

 パックの言葉にホルストは目を丸くした。

「そうじゃ。言われるまで気づかなんだ。確かにわしは魔法を使えるようになった……」

 そう言うと、今度は虚空に手を伸ばしむっと気合をいれた。

 ぼっ!

 老人の手の平から炎の塊がほとばしる。

 オレンジ色の炎は空中を飛び去り、ちいさくなって消えた。

「まさに魔法じゃ……威力も桁違いじゃ」

 ホルストはぼうぜんとつぶやいた。

 そして首をふった。

「なぜじゃ、なぜいま突然このような魔力がわしにやどったのじゃ?」

 きっとヘロヘロを睨む。

「あやつがあらわれたとき、わしの魔法の力が強まったのを感じた。ということは……」

「ということは?」

 パックは問い返した。

「あやつが魔法の源ということじゃ!」

 そう言うとさっと指さす。

 そして真っ二つに割れた剣に目をおとす。

「パックが触れたときこの剣が折れた……」

 じろりとパックを睨む。

 睨まれたパックはぞくりとなった。

 それほど老人の凝視は厳しいものだった。

「不思議じゃ、こんなことははじめてのことじゃ。しかもお前はだれもできなかった剣を引き抜くということをしでかした。なぜ、そんなことが出来たんじゃ?」

「わ、わかんないよ。おれ、なんとなく引き抜けると思って……」

 パックはへどもどといい訳をした。

 ミリィはヘロヘロと名乗った奇妙な人物とともに無言でパックとホルストを見守っている。

 山の頂上に風が吹きわたっていた。

 

 帰りは行きの倍時間がかかった。

 なぜならヘロヘロがいたからだ。

 山を下る道を、ヘロヘロはおぼつかない足取りでミリィやパックにせかされ歩いていたが、ときどきへたばってもう歩けないと泣き出し、そのたびにミリィが元気をだしてと励まさなければならなかったからである。

 パックもまた荷物を抱えることになった。

 あの剣である。

 折れた剣をそのままにするわけにはいかないとホルストが主張し、なんとなく剣を折れた原因をつくったパックが背負うことになったのである。

 剣は重かった。

 折れる前、パックはその剣がまるで紙のように軽いと感じたものだったが、折れたいまでは本来の金属の重みが戻ってきたのか、ずっしりと重量を主張してかれの背中に背負ったバッグのなかでパックの肩に重みを加えている。

 ようやくふもとに降りて、ホルストの小屋で別れるときにはすでに三日目の朝だった。

 行きの日程とあわせると五日になる。

 パックもミリィもすっかり疲れ、小屋の中へ折り重なるように転がり込んだころは全員荒い息をついている始末だった。

 元気なのはホルスト老人ひとりだった。

「とにかく家へ帰んないと……」

 ミリィにそう言うと、彼女もうなずいた。

 彼女の隣りにヘロヘロも尻餅をついている。

 かれはびっしりと全身に汗をかいていた。

 ミリィはヘロヘロに話しかけた。

「ヘロヘロちゃん。あんた、あたしの家へ来る?」

「お家?」

「そう、あたしのお家」

 うん、とヘロヘロはこっくりした。

 パックは驚いた。

「おい、ミリィ。本気か?」

「当たり前じゃない。この子をここに置いたままなんてできないわ」

 この子、だって?

 それを聞いていたホルストも目を丸くしていた。

「さ、行きましょう」

 ミリィが立ち上がると、ヘロヘロも大儀そうに立ち上がる。彼女にうながされ、小屋を出て行く。

 後を追って立ち上がったパックの肩を、ホルスト老人がぐっと掴んだ。

「待て、おぬしには話しがある」

 え? と振り向いたパックにミリィが近づく。

「ミリィ、おぬしは先に帰っておれ。わしはパックとすこし話し合いたいのじゃ」

 ミリィは肩をすくめた。

「そういうことなら、お先に失礼します」

 くるりと背を向け、ミリィはヘロヘロをつれて出て行った。

 彼女とヘロヘロの姿が朝もやのなかに遠ざかると、はじめてホルストはふーっ、とため息をついた。

 そしてパックのほうへ向き直ると、小屋の椅子をすすめた。

 パックが座ると、老人はその前にもうひとつの椅子を引っ張り出し、向かいあう形となった。

 長い話しになるのか、老人はふところからパイプを取り出すと口に咥え、煙草をつめ一服つけた。

 紫の薫り高い煙が老人の口からぽかりと吐き出され、あたりにたなびいた。

「お前とよく話し合いたいと思ってな、ミリィたちには先に帰ってもらったのじゃ。

 パック、あのヘロヘロをどう思う?」

「どうって……」

 老人の質問の意図がわからず、パックは口ごもった。

 老人はうなずいた。

「わからんか、無理もない。あの山頂で、わしがあやつを……ヘロヘロを……魔王のなれのはてじゃと言ったのは覚えておろうな?」

 パックはうなずいた。

 老人はつづけた。

「その確信はいまでも変わっておらん。あやつは魔王なのじゃ!」

「でも邪悪には見えなかったなあ。どっちかというと、まるで赤ん坊に見えたよ」

「そこじゃ!」

 ホルストはパックの答えに勢いづいた。

「あやつが封魔の剣に封印されていったいどのくらいの年月がたったと思う? なんと千年ちかくじゃぞ」

「千年……」

「そうじゃ、詳しい暦は調べてみんと確信はできんが、そのくらいの年月はたっておるはずじゃ。その魔王を、お前は解放してしもうた……」

「で、でも……お、おれ、そんなつもりなかったし、どうして……?」

「どうしてお前が剣に封印されておった魔王を解放することができたのか、というのじゃな?」

 老人はまた一服煙を呑みこみ、吐き出す。

 ぷかり、ぷかりと紫煙があたりにただよった。

「さて、それはよく判らん。まあ、ちょっとは推測はつくが、はっきりした事が判るまで、口にするのはやめておこう。あとで確信できたところで、お前に教えるよ。それまで、我慢してほしい。

 それよりあのヘロヘロじゃ。

 あやつは千年というもの、剣に封印されておった。が、死んだわけではない。生きているわけでもない。

 その千年という長い年月が、あやつから魔王であったころの記憶をぬぐいさってしまったのかもしれんな。それであのように、赤ん坊のような状態になったとも考えられる」

 ふうん、とパックはわからないままうなずいた。

 老人の目つきが鋭くなった。

「なあ、パック。わしは心配なのじゃ。

 魔王はあのように赤ん坊のような状態でこの世に返り咲いた。いまのところ、あやつの心は子供そのものじゃ。

 純粋で、無垢で、そして悪というものを知らない。言うならば、生まれたばかりの赤ん坊そのものじゃ。

 もし、あやつが悪に染まったとしたら……ふたたび魔王となって蘇るかもしれん」

 老人の推測に、パックの心臓はどきんと跳ね上がった。

 魔王がふたたび姿をあらわす?

 その想いを読み取ったかのように老人は深く頷いて見せた。

「だからパック。あやつをこの世に呼び出した者の責任として、よく見張っておるのじゃ。

 よいか、あやつを悪に染まらせてはならん! 魔王の再来はなんとしても防がなければならんのじゃ」

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